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収入は何十分の一、体重は15キロ減り…プロ野球界から干された橋本清が悩みながら学んだこと

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/05/05

天地神明に誓って伝えたいこと

 野球ファンのみなさま、ご無沙汰しています。橋本清です。僕が野球界を離れて6年の時が経ちました。

 当時は野球解説者として忙しい日々を過ごし、やりがいのある新しい仕事も控えていました。それがあの事件で、天国から地獄へと突き落とされました。

――橋本清、永久追放

 そのように報道され、今もそう信じている人もいるかもしれません。自らの油断が招いたことで、みなさんにご心配をおかけしたことは申し訳なく思っています。まずはこの場をお借りして、謝罪させていただきます。

 でも、事実とかけ離れた部分も多々あります。

 僕は「反社会的勢力の人間をプロ野球選手に引き合わせた」という理由から、野球界での活動を自粛するに至りました。でも、NPBから公式に追放された事実はありません。

 そして、問題とされる反社会的勢力の人物と僕のかかわりですが、天地神明に誓ってやましいことはありません。そもそも僕も「芸能関係者」と人から紹介され、深い関係ではありませんでした。元暴力団員だと知ったのは報道が出た後で、まさに寝耳に水。反社会的勢力の人物と知って、選手を紹介したわけではありません。

 また、ある現役選手とその反社会的勢力の人物の付き合いが問題視されたのですが、僕がその現役選手を紹介した事実もありませんでした。これらの話はすべて、NPBからの聞き取りにもお答えしていることです。

 最終的にはNPBから「自粛してください」と言われ、その後はなんの音沙汰もなく今に至っています。

筆者・橋本清 ©菊地選手

妻からの言葉で目が覚めた

「死にたい」と思いました。野球解説者として構築してきたものが、音を立てて一気に崩れたのです。

「なんで俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだ?」

 そんな不条理さを覚えました。問題となった人物は芸能関係者としてテレビ局にも出入りするほどだったのに、社会的制裁を受けたのは自分だけ。もちろん、自分のような思いをする人が他にも出ることを望んではいませんが、当時は「あの人はどうなんだ?」「トカゲの尻尾切りだ」と感じていました。

 かつて仕事をご一緒したメディアからも面白おかしく報道され、孤立していきました。なかにはひどい捏造記事を出した上に、「記事と話を合わせてくれ」と言ってきた記者もいました。もう誰も信用できないと、人間不信になりました。

 部屋の電気をつけるのも嫌になり、真っ暗闇で一日中過ごしていました。食欲も睡眠欲もなくなり、体重は15キロ落ちました。何よりこたえたのは、家族に心配をかけたことでした。

「野球界は無理だから、あきらめたほうがいいよ」

 妻はいろんな角度からなぐさめの言葉を言ってくれました。親族に気を遣わせてしまっていることにも、申し訳なさを覚えました。

 ある時、妻に向かって「死にたいわ」と漏らしたことがありました。でも、妻から「死んで何があるの?」と怒られ、目が覚めました。人間不信だと勝手に思い込んでいたけれど、少ないながらも周りには支えてくれる人がいる。そのことに気づけたのです。

 ちょうどその頃、どん底の僕に対してカウンセリングの仕事をくれた方がいました。10年以上も引きこもりの生活をしている人の社会復帰を支援するために、「野球でしんどい時はどうしていたか」という話をしてほしいというのです。

 引きこもりになった事情は親の暴力など、人それぞれ。でも、共通していたのは人間としての純粋さでした。傷ついた人たち、人と接することに臆病になっていた人たちが僕の話を聞いて「頑張ります!」と前を向いてくれる。彼らと数カ月間にわたって触れ合うなかで、僕は逆に力をもらっていました。

「俺も落ち込んでいる場合じゃない。俺もまだまだだ!」