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黒ずんだ屋根を拭いてやりたい…小2の息子が初めて東京ドームを訪れた日

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/04/26

 東京ドームの天井を見上げるたび、私は白い屋根の内膜に広がる黒ずみを拭いてやりたくなる。未成年にタバコの害を伝える時に見せられる、「喫煙者の肺」の画像を連想するのは私だけだろうか。

 今季からオーロラビジョンをリニューアルした東京ドームだが、その前に屋根をきれいにすればいいのに……と思ってしまう。ただ、あまりに真っ白過ぎると、打球と屋根が同化してフライを見失う確率が高まるのだろう。それでも、あの黒ずみを見るたびに東京ドームが不憫でならない。

東京ドーム(2014年撮影) ©菊地選手

――あんなにたくさん試合を見せてくれたのに、汚れを拭いてやれなくてごめん。

 つい、そんなことを考えてしまう。

 恐る恐る東京ドームの運営会社に「屋根は掃除しないのですか?」と問い合わせてみたこともある。クソ忙しいのに余計な仕事を増やすな、と無視される可能性もあると思っていたが、後日、東京ドーム広報室から丁寧な返答が届いた。

「東京ドームの屋根は、フッ素樹脂コーティングした不燃性のガラス繊維素材からなり、2重膜構造です。ホコリやゴミは雨で自然に洗い落とす自浄作用があるため、外膜の清掃は開場以来一度も実施したことはありません。内膜の清掃に関しては非公表とさせていただきます。ご意向に沿えず恐縮ですが、ご理解いただけますと幸いです。今後の清掃につきましては、現状は予定しておりません」

 残念ながら、しばらくは黒ずみを見上げることになりそうだ。

東京ドームは水風呂である

 野球は広い空の下で見るものだと、声高に訴える人もいる。たしかに、屋外球場の開放感は最高だ。抜けるような青空と野球の相性は抜群で、ビールが進む野球ファンも多いだろう。

 その一方で、高温多湿の日本だからこそ、ドーム球場のありがたみを忘れたくないとも思う。日頃はアマチュア野球を取材することが多く、年間通して灼熱の太陽や気まぐれな風雨にさらされながら野球を見る身としては痛切に感じる。

 夏場の日中に屋外球場で高校野球を見て汗だくになり、夕方から空調の効いた東京ドームで社会人の都市対抗を見る時など至高の時間だ。サウナの後の水風呂のように、「ととのう」感覚がある。今年は3年ぶりに夏開催の都市対抗が戻ってくるので、ぜひ試してみてほしい。

 4月から小学2年生になった息子に、「とうきょうドームにつれていって」とせがまれるようになった。プロ野球全球団を等しく愛し、「12球団箱推し」を宣言する息子だが、初めてのプロ野球観戦は読売ジャイアンツ球場のファーム戦だった。その後はJR中央線・総武線で水道橋駅を通り過ぎるたび、息子は「うわぁ、とうきょうドームだぁ!」と車窓にくぎづけになっていた。

 4月某日。妻子を連れて東京ドームへと向かった。水道橋駅を降り立った時から、息子は私の手を引いてこう言った。

「はしりたくなっちゃう!」

 遠くに野球場が見えると、不思議と早歩きになる。人間にはそんな本能が搭載されているのだろう。ゲートを通過し、回転扉を抜けて私たちは東京ドームの内部に入った。

 あの非日常空間がいい。コンコースを抜け、青いシートと緑の人工芝を見て「東京ドームに来たなぁ」と実感する。そして天井にはお馴染みの黒ずみ……と思ったが、ナイトゲームでは汚れが目立たなかった。「てんじょうたかいねぇ」と気にする様子もない息子を見て、社会の闇を見せずに済んだ安堵感があった。