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黒ずんだ屋根を拭いてやりたい…小2の息子が初めて東京ドームを訪れた日

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/04/26
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東京ドームはアトラクションである

 しかし、同じく初の東京ドーム来場となる妻が気になることを口にした。

「ちょっとまぶしくて見づらい?」

 最初は「なんでそんな水を差すようなことを……」と思いかけたが、たしかに我々が座った一塁側内野席中段から打者方向を見ると三塁側スタンド上方に設置されたLEDライトがまぶしくて見づらい。野球に明るくない妻だからこそ、東京ドームの明るすぎる問題に気づけたのかもしれない。そこで私はアマ野球観戦経験を生かし、「目の上に手のひらでひさしを作れば見やすくなるよ」と対処法を授けた。

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 巨人の先発投手は菅野智之。コントロールがよく、投球リズムが心地よく、野球観戦に不慣れな人には最適な投手だ。ところが、対する阪神の先発投手が藤浪晋太郎。見事な相殺ぶりで、試合は早くもなく遅くもないテンポで進んだ。

 試合中、ライトが「右」、レフトが「左」という意味だと知った息子は、不思議そうな顔でこう言った。

「じゃあ、なんで左バッターはキャッチャーの右にいるのに『左バッター』っていわれるの?」

 守備のポジションは、キャッチャーから見て右がライト、左はレフトと呼ばれる。ところが、打者はキャッチャーから見て右に立つと「左打者」、左に立つと「右打者」と呼ぶのはおかしいではないかというのだ。

 私は「うーん、なるほど」と苦笑いを浮かべるしかなかった。野球のことなんて何でも知ってますという顔をしているくせに、実際は何も知らないのだ。

 息子は場内で買った『キャプテン・ハヤトのぼっかけ焼うどん』に「この世にこんなうまいものがあるのか」という顔でむさぼりついた。しきりに周りを見回しては、2階席を指差し「あんなたかいところで見てこわくないの?」と不思議そうに尋ねたり、応援バットをねだったり、応援歌にワンテンポ遅れて応援バットを叩いたりと、東京ドームの空間を堪能しているようだった。

 9回表。マウンドに巨人の新守護神である大勢が上がった。つま先立ちになる独特の投球フォームを見て、息子は立ち上がってマネを始めた。これから全国の野球少年が大勢のマネをする日も近いのだろう。

巨人の新守護神・大勢

 大勢が大山悠輔に技ありの2ラン本塁打を浴び、試合は1点差になった。もし延長戦に突入すれば、帰宅時間がさらに遅くなってしまう。小学生の保護者としては、時間をきちんと区切って帰るべきではないか。悩みながら息子に「延長戦になったら帰ろうか?」と聞いてみた。

 ほぼ即答だった。

「いやだよ! ぜったいかえりたくないよ。さいごまで見る!」

 妻は「そう聞いたら、そう言うに決まってるよ」とあきれ顔だった。甲子園大会で連投中のエースに「いけるか?」と聞く監督と同じくらい、ずるい質問だなと反省した。

 幸い延長戦に入ることなく、巨人が1点差を守り切った。試合終了直後、興奮した息子の乳歯が1本抜ける小さなハプニングもあった。

 試合が終わると、私たちは東京ドームの出口へと進んだ。回転扉の隣の出口が開放され、係員がしきりに「帽子が飛ばされますのでお気をつけくださーい!」と叫んでいる。私は息子と妻を誘い、その出口へと進んだ。

 息子は突然の強風に「うわー!」と絶叫して、駆け足で東京ドームから飛び出した。空気圧の関係で、東京ドームの出口には強風が吹き荒れている。そんな仕組みも息子にとっては格好のアトラクションだった。

 息子は嬉々として言った。

「いままできたきゅうじょうで、いちばんすき!」

 いつか息子が東京ドームの黒ずみに気づく日も訪れるに違いない。無力な私には、東京ドームの屋根の汚れを拭いてやることはできない。それでも、そんな汚れを含めて東京ドームを愛せるよう、息子を育てることはできる。

 また家族で東京ドームに行ける日が待ち遠しくなった。

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