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「今1軍行ったら打てる気はするし、自信は持っています」

 育成選手は支配下の選手に比べてチャンスは少ない。限られたチャンスで結果を出さなければ道は開けないということを黒瀬選手は良く知っている。これまでは「結果出さな支配下になれん」「打てんやったらクビや」と覚悟はマイナス方向に働いてしまっていた。限られた2軍戦出場機会で良い結果が続かず、すぐに3軍出戻り。3軍では打てるけど2軍では打てない……。大砲候補のはずが、去年までの2軍公式戦打率は毎年1割台で本塁打も6年間で8本だった。

 ところが、今年は違った。春先からジワジワとアピールし、6月は月間打率3割を超えた。本塁打もここまでウエスタン・リーグ2位の7本を放っている。

 そして、黒瀬選手にスポットが当たったのは6月末だった。1軍で新型コロナ陽性者が多数出て、更には右打者が不足する事態となり、2軍から“右の長距離砲”の昇格が求められたのだ。1軍の藤本博史監督から候補に名前が挙がったのはリチャード選手、中谷将大選手、増田珠選手と黒瀬選手の4人だった。しかし、まさにその時「好調」と言える支配下選手はいなかった。小久保裕紀2軍監督が「支配下だったらダントツの推薦ですね」と評価したのが黒瀬選手だった。

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 ただ、育成選手の黒瀬選手を昇格させるには支配下登録が必要。この時、残された支配下枠は2だった。(中村亮太投手の支配下はまだこの時発表されていなかったが、実質残り1つだった)。緊急事態に終止符がつくのか、先行き不安なチーム状況で、好調とはいえ黒瀬選手の支配下登録で枠を埋め切るという判断には至らなかった。

 白羽の矢が立った途端、テレビや新聞も一気にザワついたが、結果的に支配下選手でやり繰りすることが決まると、現実は厳しく、注目も嵐のように去って行った。それさえも私は悔しかった。でも、ここで一喜一憂しなかった黒瀬選手を見て、改めて成長を感じたし、強さも感じた。黒瀬選手は淡々と「支配下になるかならんかは球団が決めること。個人的には今しかないと思うし、今1軍行ったら打てる気はするし、自信は持っています」。そう今の取り組みに胸を張った黒瀬選手を見て、1軍で見てみたいという思いも増した。

 今月に入ってからも本塁打は2本放っているが、キープしてきた3割台の打率は2割台に落ちてしまった。期限が迫るにつれ、数字も気になる所だが、当の本人は静かに燃え続け、今出来る精一杯のアピールを続けている。

 結果を出し続けないと道は開けないプロという厳しい世界で、今こそ正念場であり、大チャンスだと思う。確実に今年は今までと違う姿の黒瀬選手を見て、今なら大丈夫、今なら上で戦えるんじゃないかと感じている。

キャンプの休憩中に雑談する黒瀬選手と筆者 ©上杉あずさ

 それに、黒瀬選手には感謝したい人がたくさんいる。家族はもちろん、面識がなかったのに他球団の育成選手を快く自主トレに弟子入りさせてくれた巨人・中田翔選手。愛情と厳しさを持ち、親身になって話をしてくれる憧れの“師匠”にも結果で恩返しがしたい。育成選手でありながら、チャンスをくれる小久保2軍監督、担当コーチの松山秀明2軍内野守備走塁コーチ、3軍時代から寄り添い、共に歩んできてくれた吉本亮2軍打撃コーチ、関川浩一2軍打撃コーチ……他にも本当にたくさんの人に支えられてここまで来たことを黒瀬選手は実感している。

 感謝の気持ちを形にするには、やはり背番号を2桁にして、1軍で……。人事を尽くして天命を待つ。勝負はあと2週間。どうかどうか、吉報が届きますように。

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