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追悼・宮沢章夫さん がらんどうのように眺めた日本ハム・上沢直之の完投

文春野球コラム ペナントレース2022

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僕はがらんどうのように眺めていただけで上沢に本当に申し訳ないと思う

 で、すっかり意気投合して、頻繁に会うようになる。僕は自分のラジオ番組にもゲストで出てもらった。そのうちに宮沢さんに呼ばれて、川勝正幸さん、押切伸一君と『ニッポンテレビ大学』(日本テレビ)、『FM‐TV』(フジテレビ)で放送作家をやることになった。

 博学でポップ中毒者の川勝正幸さんにもものすごく影響を受けた(何しろ僕は川勝さんの真似をして、その時期、モンブランの万年筆とインク瓶を持ち歩いた)けど、着眼点、発想力の点では宮沢さんに多くを学んだ。川勝さんが公演パンフレットを作る際は寄稿し、ラジカル・ガジベリビンバ・システム(一応、演劇ユニット名)のシティボーイズ、竹中直人、中村ゆうじ、いとうせいこうといった才能と出会っていく。本当に面白かった。あれは遠いキラキラした夏の日のようだ。

 だけども引力が強すぎて、居心地も良すぎて、僕は90年代になって遠くに行こうとする。迷惑かけず、1人でできることをやろうとする。野球に耽溺し、野球のことばかり考えて暮らすようになる。

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 実のところ、球場の片隅で「わからなくなって」きたときこそ、野球バカには桃源郷なのだ。野球バカというのは要するにバカ試合に棲みついている。追いついてきて「わからなくなって」きたら元気百倍だ。追いつかれて「わからなくなって」きたら、おいおい勘弁してくれよー長くなるぞー、とこれも(案外)元気百倍だ。野球の他どこにも行くところがないんだから野球は終わらないでほしい。

 僕が1シーズン50試合くらい強化プラスチックのイスに座って、どんどん「わからなくなって」る間、宮沢さんは演劇の人になった。僕はスポーツの世界に爆発的に知己を増やし、どんどん「わからなくなって」いく。宮沢章夫とは何年も会わないのに、岩本勉と電話番号を交換し、セルジオ越後と毎週会う人生だ。敬称略だ。わからなくなってきました。

 2022年シーズン、いちばん入って来なかった試合は3対1で負けた。上沢直之は何と128球の完投。僕はがらんどうのように眺めていただけで上沢に本当に申し訳ないと思う。これで9回、ランナーがたまって、リアル「わからなくなってきました」が出来(しゅったい)したらミュートを解除したんだけど。

 あいにく宮沢さん、9回裏は三凡でしたよ。野球の間、ぐずぐずに崩れるのを野球が支えてくれましたよ。もっと会いに行けばよかったなぁ。さよなら。寂しくて寂しくてたまりませんよ。

宮沢章夫さん ©文藝春秋

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