恩師にこぼした弱音、そして……
連戦の多い日程で、まともな練習もせずに結果を出し続けられるほど甘いものではない。そう橋本コーチが予見していた通り、28試合に出場した1年目の前期、岸の打率は1割台と大きく低迷した。
「もう、ちょっと打てないです……」
岸が助けを求めてきた。ようやく“人の話が聞ける状態”になったのだ。橋本コーチはその日から連日、試合前からみっちり練習を課し、自らティーバッティングの打球をあげるなどしてバットを振らせた。
「技術指導をしたというより、練習量を取り組ませました。連戦の中で戦う体力も必要なので、試合前もずっと抜かずにやらせていましたね」
後半は全30試合に出場し打率3割を超えた。周囲の見込み通り、やれば結果が出る選手だったのだ。この期間に、岸はどんなことを感じながら野球に取り組んでいたのだろうか。
「改めて1から野球をやっている感覚はあったので、なんか楽しかったですね」
大学中退して入団した1年目は規定により、NPBのドラフト対象選手ではなかった。1年間の猶予があったことでゆっくり時間が使え、プラスに働いた。手術した右肘の回復だけでなく、一時は見ることさえ嫌になっていた野球への思いも、ゆっくり取り戻していくことができたからだ。
「やっぱり野球って面白いなって。練習して打てるようになったり、(2年目から挑戦した)ショートの守備も徐々にできるようになっていったので、徐々に野球が面白いなって思うようになりました」
できることが増えていくのは、どんな人にとっても嬉しいだろう。子どものときのように純粋に野球の楽しさを感じながら、岸は“その先”の魅力にも目覚めていった。
「プロ野球選手」でいるために
「1年目は漠然と野球をやっていた感じで、もっと上手くなろうとはあまり思っていなかったんです。でもそこを突き詰めていけるようになり、野球が非常に楽しくなったのかもしれないですね」
2年目のシーズンは自らお願いする形で、試合前後の練習で橋本コーチにを付き合ってもらいながら、ひたすらバットを振った。遠征先の福岡で朝5時まで素振りをした日もあったという。
もっと上手くなるにはどうればいいのか。スカウトの目に留まるには、どんなプレーを見せるべきなのか。本気でNPB入りを目指す中で、野球を突き詰める面白さに気づいた岸は、自然と野球について深く考えるようになった。
その姿勢は今でも持ち合わせている。ただし、NPB入りしてからの4年間で、野球について“考える質”が変わっていった。
「プロ野球選手だったら考えるのは当たり前じゃないですか。1年目、2年目だったら、ただ打つ、ただ走るだけかもしれないですが、自分の年齢(26歳)で4年目にもなったら、ちゃんと考えてプレーできないとプロ野球選手ではいられないと思っています」
考えてプレーできないのであれば、プロ野球選手として出場機会が得られなくなっていく。
ただし、実際には“常に考え続けている”ということではない。
「例えば打席に入ってからいろいろ考えすぎると、相手投手ではなく自分と戦っている状態になっちゃうので、練習の時にひたすら考えるようにしています。試合ではピッチャーとの勝負だけに集中する……なかなかうまくいかないけど、そうできるように意識しています」
プレーの直前にあれこれ考えているのでは遅い。瞬時に体が反応できるように、あらゆることを事前に想定し、心身の準備をしておくのが“考えてプレーする”ことなのだ。
守備ではあるが、冒頭で紹介した「センターゴロ」を狙ったプレーも、日々の心身の準備があったから生まれたのだろう。
「考えるのは楽しいけど、頭痛くなります」
守備について、こんなことも話していた。
「外野を守っている時、結構後ろを振り返っていると思うんですけど、フェンスの位置は常に見ています。そういう細かいひとつひとつが準備だと思いますし、フェンス際のギリギリのプレーで生きてくると思うので、しっかり準備することだけは絶対に怠らないようにしています」
昔に比べて野球について考えることが格段に増えている今、野球について考えることを楽しめているのだろうか。
「(野球について)考えるのは楽しいです。めちゃめちゃ楽しいですけど……頭痛くなりますね」
頭が痛くなるほど考える。好きなこと、楽しいことを極めるとは、それほど思考を巡らせるものだと改めて感じさせられた。だからこそ、選手たちは勝てば喜びを全身で表現し、負ければ堪えきれずに涙する時もある。それだけ真剣に考え、野球と向き合っているのだ。
今シーズン終盤にスタメン起用が増えている岸。一軍出場が増えた分だけ、多くのことを日々考えているだろう。プロ5年目を迎える来シーズン、突き詰めて考え抜いた、しっかり準備してくる岸潤一郎が、我々の想像をまた超えてくることを期待したい。
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