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西武・岸潤一郎はなぜ「センターゴロ」を狙うのか? どん底に落ちた徳島時代、恩師と磨いた“考える力”

文春野球コラム ペナントレース2023

2023/10/02
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 主に西のほうばかり盛り上がっていたような今年のプロ野球は、まもなくレギュラーシーズンの全日程が終わる。我が埼玉西武ライオンズの最終順位は、どうやら5位(9月29日現在)に落ち着きそうだ。

 振り返ってみれば、開幕戦をはじめとする悔しい敗戦の数々が脳裏に浮かんでは消えていく。数多くの”負け試合”の中で、7月6日に東京ドームで行われたロッテ戦は、特に印象深い試合だった。

 点を取られれば取り返す”シーソーゲーム”となったこの一戦は、延長10回裏二死2、3塁で、ロッテ・安田尚憲がサヨナラヒットを放ち、熱戦に終止符が打たれた。

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 安田の打球が二遊間を抜けていく瞬間、大喜びするロッテファンの歓声を聞きながら、多くの西武ファンは勝負を諦めていたのではないだろうか。正直、私もその一人だった。

 しかし、センターを守っていた岸潤一郎は違った。物凄い勢いで前進し、迫ってくるボールを捕球すると、すぐさま全力で一塁へ送球した。打者走者の安田を一塁でアウトにする「センターゴロ」を狙ったのだ。

 最後まで諦めないぞ――。低迷するチームで岸が見せたこのプレーに、私はそんな強い意志を感じた。

 この試合以降も、ライトゴロでランナーを刺したり、ライトフライの間に一塁から二塁へのタッチアップを決めるなど、守備や走塁で相手のスキを見逃さないプレーを随所で披露している。

 見ているこちらの想像を超えてくる”野球脳”の持ち主・岸潤一郎。野球について考える力は、いつ養われたものなのだろうか。

グランドで見せる笑顔も岸の魅力 ©岩国誠

甲子園で活躍後、野球を見るのも嫌に……

「高校時代は漠然と”高校野球”をやっていた感じでした。めっちゃ練習したかと言われるとそうでもないし、勝ちには拘っていましたけど、何かを突き詰めたかって言われるとそうでもないですね」

 明徳義塾高校野球部に在籍時は、投手として4度甲子園に出場している。そのときに名将・馬淵史郎監督の下で、その”野球脳”は作られたものとばかり思っていたが、そうではなかった。

「高校野球で『野球は考えてやるものだ』ということは学んだと思います。でも、『野球をどう考えるか』ってなったのは、徳島時代でした」

 徳島時代とは、独立リーグの四国アイランドリーグPlus・徳島インディゴソックス(四国IL・徳島)に在籍した2年間を指している。岸が西武に入団する前に所属していた球団だ。

 高校から拓殖大学へ進学した岸は、大学2年生の時に右肘を痛め、トミー・ジョン手術(側副靱帯再建手術)を受けた。しかし、その後のリハビリが思うように進まず、野球部を退部し、大学も辞めてしまう。野球を見るのも考えるのも嫌になったのだ。

犠打の確率アップも一軍選手に求められる ©岩国誠

恩師がとった、絶妙な距離感

 その時期に声をかけたのが徳島球団だった。最初は乗り気ではなかったが、熱心な誘いと周囲の勧めに、2018年シーズンから徳島で再び野球を始めることを決めた。しかし「とりあえず2年間だけ野球をやろう」という軽い気持ちだった。

「入ってきた当初の岸は太っていましたし、ヒゲも生えていて、とにかくだらしなさが見た目にも出ていました。アグレッシブさもなく、野球への熱意も感じなかったですね」

 そう話すのは、今も徳島で指導する橋本球史・野手コーチ。岸に野球へ向き合うことを思い出させ、今でも恩師と慕われる人物だ。

「最初は練習に遅刻したり、体調管理ができずに風邪で休んだりと、私生活のだらしなさがダントツでした。しょっちゅう怒っていましたが、野球に関してはセンスがあるし、能力は抜けていた。野球にきちんと取り組んでさえくれれば、上がっていく自信はありましたね。一番大事なのは『本人のやる気』。それがあれば自分で勝手に上手くなっていくので」

 NPB入りへ、周囲の期待は高かった。しかし、肝心の岸本人にやる気がない。どうやって心に火をつけるのか。橋本コーチは意外な方法をとった。

「試合に使い続けるけど、何のアドバイスもしませんでした。『やれるもんならやってみろ!』っていう感じでしたね」

 言ってみれば“放置プレイ”。だらしない私生活こそ叱責したものの、練習を強要するようなことはしなかったのだ。もちろん理由がある。

「実績がある選手に対して、いきなりこっちがアドバイスしてもプラスにはならない。『うまくいかない原因は自分にある』と認められないうちは、悪かった結果を指導者のせいにしてしまうんですよね。『自分がダメなんだ』と自身で認めてからがスタート。“人の話が聞ける状態”になるのを待っていました」

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