経済学者・成田悠輔さんがゲストと「聞かれちゃいけない話」をする新連載。第3回目のゲストは、東京大学名誉教授の上野千鶴子さんです。成田さんの著書について、上野さんが展開した批判とは——。

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「無意識民主主義」の危険性

 上野 あなたの『22世紀の民主主義』を拝読しました。

 成田 ありがとうございます。

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 上野 この本で最終的な解として無意識民主主義というものを提唱されていましたが、私は「危険な思想だな」と思いました。要するに、周囲の情報や考察に影響される以前の人々の無意識レベルの情動や欲求をデータとして収集し、それをアルゴリズムに入れて、最適解の政策を導き出すというのが無意識民主主義ですよね?

上野千鶴子氏 ©文藝春秋

 成田 そのとおりです。

 上野 言語学の研究で、あるワードに対して被験者が快か不快かを判断してボタンを押して反応するというテストがあります。すると、反応するまでの時間が短ければ短いほど差別意識が強く出てくる。言語が刷り込まれるとき、価値観と共に刷り込まれますので、人間がそこから逃れるのは非常に難しい。人権論者であっても、環境保護論者であっても、瞬時に反応すると、差別は再生産されるんです。無意識民主主義は人々のそういう差別意識も集めてきてしまう危険性がありませんか。

 成田 その危険はあります。ただ一方で、意識的な熟考や熟議にも別の危険があります。人々が時間をかけて議論すればするほどお互いの立場や思想の違いが露わになって、かえって分断が深まることがあるという実験結果もあるからです。

 瞬発的で無意識な反応にも、情報を集めて議論を尽くして作られた意見にもそれぞれ偏りがあります。私たちにできるのは、色々な偏りを持つ様々な民意情報を並べて重ね合わせ、偏りを打ち消した相対的にマシな民意情報を抽出すること――それが言いたかったことです。

成田悠輔氏 ©文藝春秋

信用経済の時代に

 上野 誰がそのアルゴリズムを作るんですか?

 成田 最初は謎の意欲に溢れた人たち、おそらく独立小国家や一部の自治体、IT企業などが有象無象のアルゴリズムを実験していくと思います。その過程でほとんどは失敗し、どれが相対的にマシかの競争や選別、議論が続く。オープンソースソフトウェア開発の政治版・公共版のような形になるのではないかと。