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プロ野球は「夢を与える仕事」

――野球選手は「公人」と世間が見る一方で、野球選手もみんなと変わらない「人間」だというのは両方あると思います。この点について今回の件が起こる前にどう考えていたかと、今回の件があってからどういう考えになっているかを聞かせてください。

 5秒ほど間があき、山川は「それは?」と質問の意図を尋ねてきた。確かにわかりづらかったので、具体的に聞き直した。

――例えば世の中に不倫をしている人がいっぱいいても、有名人みたいに叩かれることはありません。野球選手や、政治家であるからそうなるわけで。一般人に今回のようなことがあっても、ここまで叩かれることはないし、許されてもっと早く社会復帰している人が多数だと思います。ただしプロ野球選手でいる限り、こういう反応が起こり得る。こういう事態になり得るということは、以前は想像していたのか。そして今、どう受け止めていますか?

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「受け止め方としては、やはり我々は夢を与える仕事だと思っています。人に期待されて、応援してもらって、初めて僕たちが成り立つというか、輝けるというか、そういうふうに常々思っています。こういうことをしてしまうと、その人たちの期待を大いに裏切ることになると思います。期待されていて裏切られたという気持ちが大きければ大きいほど、こういうふう(な反応)になると思っています。

 僕自身は、そもそも以前は野球をするのに朝起きて、試合が終わるまで、ほぼテレビやネットをシーズン中は遮断する生活を、特に去年はやっていました。そこに対して僕個人でどう思うかっていう意見はそんなになくて。あまり考えはなかったです」

 山川も言うように、プロ野球が「夢を与える仕事」というのは間違いない。

 ホームランや奪三振など華やかなプレーはもちろん、その裏で血の滲むような努力をどれくらいしてきたのか。子どもの頃から野球に没頭し、どのようにして超人や職人的なスキル、思考を手に入れたのか。選手たちの成長物語にファンは引き込まれていく。そうしてプロ野球は、日本を代表するエンターテインメント産業になった。

 だからこそ、守らなければいけない一線がある。それが現代において大事な価値観で、近年強調されるのが「コンプライアンス」だ。

 西武は特に大事にする球団として知られるが、具体的にどのようなことを選手たちに伝えているのか。スキャンダル発覚の直後、秋元宏作ファーム・育成グループディレクターに話を聞いた。

「1月に入団した時点で、例えばSNSの使い方や、反社会勢力に関する話を球団独自でやっていますし、NPBでも研修があります。春季キャンプ中には外部の方に来ていただいて、コンプライアンス研修をやっています。

 練習でスキルを身につけることや、トレーニングをして体力を身につけることは野球選手として成功するために必要なことですが、それと同じことだと思います。コンプライアンスの部分がきちんとできていないと、野球選手として成功する上で障害になる。それも一つの野球選手のスキルとして、一般社会で生きていくために必要なものだと知っておかないといけない。そうした取り組みの中で、どうしてもそういった(コンプライアンスに反する)選手が出てきていることに対して指摘されても仕方ないですが、選手には常に伝えています」

 では、異性関係や不倫のような倫理的な問題に対し、球団はどこまで口を挟むのか。秋元ディレクターが続ける。

「過去にこういったことがありましたと事例を挙げて、それをドラマ仕立てで再現されている動画がNPBにあって、それを見ています」

 取材に同席した広報部長によると、“注意喚起”をはるかに超える内容だという。

「私も一緒に聞いていますが、かなりシリアスな感じです。聞き終わった後、『(自分は)大丈夫かな』という気持ちにさせるようなことをやっています。選手たちが集まってその内容を聞くタイミングは毎年ある程度決まっているので、『毎回これか』と感じないように(NPBは)“我が事”として考えてもらえるような創意工夫をしています」

 それでも、毎年スキャンダルは起きているのが事実だ。ゆえに球団やNPBはコンプライアンス研修の必要性を痛切に感じている。

沖縄のスーパースターを目指して

 2013年ドラフト2位で入団した山川を取材し続ける中で、最も印象に残っている話がある。

 西武に10年ぶりのリーグ優勝が見えてくるなか、山川が開幕からホームランを量産していた2018年夏にインタビューした時の話だ。自身初の本塁打王を狙いたいという山川に、その理由を尋ねた。

「単純に、沖縄出身でホームラン王を獲った人がいないからです。沖縄のスーパースターになりたい。沖縄の選手は今まで散々言われてきましたから。僕も高校まで沖縄で、世間知らずで、(富士)大学で岩手に行った時にカルチャーショックを受けて、『時間を守らない、行動が遅い、やる気がない』とか散々言われて。プロに入ってからも、『だから沖縄の選手は大成しないんだ』と散々言われてきたので、これはムカつくと。どうにか沖縄でも活躍できるところを見せたいというのがあったので。僕が今年ずっと4番に座って、これでタイトルを獲ったりした時に、沖縄の人のイメージを払拭できると信じているので」

 バッティングの具体的な話を少し続けた後、山川は今後10年、2018年シーズン開幕から夏までのペースで本塁打、打点を記録し続けたいと話した。それだけの大志を抱いているのかと驚き、「沖縄のスーパースター」というイメージをかぶせて話を振った。

――そうなると、具志堅用高さんくらいのスーパースターになれますね。

「ジャンルは違いますけどね。あの人、すごい人ですから。歌手で言ったら安室奈美恵さんくらいのレベルになりたいです」

 残念ながら、両者のようなスーパースターにはもうなれないだろう。それくらい、今回のインパクトは大きい。

 だが検察から不起訴処分になり、西武から「無期限の出場停止処分」を受けるなか、それには該当しないとしてフェニックスリーグで野球をするチャンスを与えられている。

©時事通信社

 再起に向けて歩み始めたなか、今後注目されるのは取得見込みの国内FA権の行使を含めた去就だ。

 昨年のオールスターで流出した音声を聞くと、今季限りでの退団は既定路線だったのだろうが、今回の件を踏まえて山川自身がどう決断を下すのか。

 個人的な見解として、FAは選手の権利であり、自由に使ってほしいという思いが記者として根底にある。それくらいFA権の行使を宣言させるフリーエージェント制度は歪んでいるし、保留制度には改善の余地が大きい。

 しかし、プロ野球という産業を成立させる上で、もっと大事なのは「夢を与える仕事」であるという点だ。夢を与えられなくなったら、選手たちは自由に草野球をしていればいい。

 もし山川が残留という決断を下しても、受け入れられないライオンズファンは少なからずいるだろう。山川自身もそうした趣旨の発言をしている。

 だが、少なくとも西武による「無期限の出場停止処分」が、他球団に移籍することで自然消滅的に解かれるのではなく、一人でも多くの人が納得できる形で公式戦の舞台に戻ってほしい。

 今後、世間から山川に向けられる目は、どんな生き様をしていくのかというものだ。

 今回は私情を挟ませてもらうが、所沢での再出発を取材できればと思っている。

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