青天に映える白亜の国会議事堂の前は一面の瓦礫が原。朽ちて横たわる自動車は美しさすら覚える赤く鮮やかな錆を浮かべている。
皇居の向い、日比谷濠に面してそびえるGHQ(連合国軍総司令部)庁舎を出発するマッカーサーの服は、その日、カーキではなくダークな装いであった。
皇居桜田門に配置された占領軍第一騎兵師団・M24軽戦車の黒い装甲は、夕陽に染まりどこか艶めかしい。
そこにある色はすべて、太平洋戦争敗戦後、連合国の占領下にあった日本をフィルムが記録していた。モノクロ写真に色を施したのではない。カラーフィルムに焼き付けられた、撮影者の前で確かに存在した、あの日の色である。
これらを、全100カット・オールカラーで『占領下の日本 カラーフィルム写真集』として編集し解説も書いたのが、フィルム資料研究者の衣川太一さんだ。
「撮影者は占領政策のために日本に遣わされた将兵や、同時期に日本を訪れた米国の大学所属の日本学研究者などです。アメリカでは1930年代にコダック社がカラーリバーサルフィルムを製品化していて、アマチュアでも家庭でスライドを楽しむ環境が整っていました。将兵たちは休日に家族と日本各地を旅し、街を歩きながら思い思いにシャッターを切っています。撮られたのは、教科書や報道写真では見たこともない、敗戦直後の風景や日本人の暮し。日本人には残せなかったこれらの写真を初めて見た時、これはただ事ではないぞと本当に驚きました」
きっかけは2010年の少し前まで遡る。米国オークションサイト「eBay」で日本関連の品を眺めていた衣川さんの目に、東京・有楽町の日劇が写るカラースライドが目に留まった。上映中の映画看板から時期を調べると、昭和20年代末であることが分かった。数点のフィルムは送料込みでも千円程。迷わず購入した。
「届いた実物をルーペで覗くと、私自身そこにいると錯覚するほどの空気が写っていました。面白くなって他にも検索してみると百枚単位をセットにした出品が次々出てきて。1枚あたりせいぜい1、2ドルです。落札したフィルムを眺めては息を飲むばかりでした」
入手したフィルムの殆どは、いつ、どこで撮られたかの情報がない。理由は様々だが、撮影者が亡くなりその家族が出品したり、何らかの経緯でフィルムを譲り受けた第三者が出品するなどがあり、いずれにしても確認できないのだ。
「フィルムに写り込んだ看板や特徴的な建物から特定していきました。風景だけでなく、日本軍の航空機を焼却する現場、闇市や占領軍関係者の食卓の様子、戦後期の日本人の服装、帝国劇場で上演された舞台での一コマなど、様々な場面が写されています」
フィルムに付いたカビやキズ、褪色は補正している。
「褪色補正は、フィルムに記録されたRGB(光の三原色)色調をデジタルスキャンで解析し、数値から復元していきました。モノクロ写真をAI分析で着色する技術がありますが、それとは異なります。それはどこまでいってもイメージされた世界の色であり、記録された色ではないからです」
本書コラム内に挙げられた、1951年、京都三条通の家並を写した写真。黒い瓦屋根が整然と並ぶ典型的な古都の風景だが、路面電車の線路脇の瓦だけは赤みを帯びている。理由は本書に記されているが、ここに、色というものが実に多くの“言葉”を持ち、私たちに語りかけていることを気づかせてくれる。
きぬがわたいち/1970年生まれ。大阪府出身。神戸映画資料館研究員、フィルム資料研究者。著書に『占領期カラー写真を読む』(佐藤洋一と共著)、『増補新版 戦後京都の「色」はアメリカにあった!』(植田憲司・佐藤洋一と共編著)。



