「君は天然色」など数々の名曲を生み、世界的なシティポップブームで再評価される大滝詠一(1948~2013)。今年3月、死後公開を前提にしたロングインタビュー『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』(文藝春秋)を刊行した音楽評論家・萩原健太氏が、その魅力を紹介する。
◆◆◆
大滝詠一は音楽家だ。が、その興味は音楽にとどまらず、野球、相撲、映画、演芸など幅広い分野に向けられていた。時期によっては音楽そっちのけ。多彩な分野個々の徹底研究に全身全霊で打ち込んでいた。
あれは2003年のこと。大滝さんは突如、江戸時代の古地図に凝りだした。ノートパソコンに現在と江戸時代と、両方の地図を導入。GPSも駆使しながら熱心に都内を散策……いや、探索して歩いていた。
なんでまた急に古地図? と、軽い気持ちでぼくが投げかけた問いに大滝さんはこう切り出した。
「松井の本拠地初戦、見た?」
あの年、海を渡ってニューヨーク・ヤンキース入りを果たした松井秀喜のことだ。本拠地ヤンキー・スタジアム初戦で松井はなんと、見事、満塁ホームランを放った。もちろんぼくもテレビで見た。でも、古地図の話なのに、なぜいきなり松井?
「客の反応、すごかっただろ」
確かに。ダイヤモンドを1周してベンチに戻った松井は、鳴り止まぬ歓声に再度ベンチから歩み出て、帽子を取りスタンドに挨拶。メジャーリーグで超絶プレイが飛び出した際、時折見かけるあの光景。試合の流れすら止める熱狂的なアプローズ。オペラやミュージカルで言うところの“ショー・ストッパー”だ。
「結局アメリカの観客のマナー、観劇スタイルの基本はブロードウェイ。“ショー”なのさ。それが映画やテレビを通じて全米に広まり、人々は観劇法を知る。アメリカ人に共通の観劇法となる。だから、どんな田舎町の劇場だろうと野球場だろうと、このマナーは変わらないの」
どんなにシリアスな話題を口にするときも、大滝さんの語り口には常に独特のユーモア感覚がまぶされていて。本気なんだか冗談なんだか。こちらは翻弄されるばかり。が、そうこうするうちに、気がつくと話はいきなり核心へ。この瞬間の意外性とダイナミズムがたまらなかった。
「で、ひとたび日本に目を移したとき、思ったわけさ。なるほど、よく言われる“日劇の喪失が大きい”とはこのことか、と。あくまでも象徴としての“日劇”だけどね」
話は一気に日本のテレビ事情に移った。日本のテレビ草創期を盛り上げた井原高忠は日劇で米国流の観劇法を知り、学び、それを『光子の窓』に持ち込んだ。そこから『シャボン玉ホリデー』が生まれ、『ゲバゲバ90分!』あたりまで流れは続いた。が、そこがひとつの終着点。小林信彦はその時点で“テレビの黄金時代”は終わったと断じた。そうした一連の作品を見て育った横澤彪あたりが番組作りしていた時期まではなんとかその匂いも継承されはしたが、以降は皆無。匂いすらなし。日本のテレビは豪華で豪勢で楽しい総合娯楽としての“ショー”作りがヘタになった。あくまで戦後、アメリカと、その絶大な影響下にあった日本に視点を限った場合ではあるが。かつては日本でも世代を超えて共通に持っていたはずの“ショー”の観劇法の基本概念が、いつしか共通認識ではなくなったということ。
※約1600字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年11月号に掲載されています(萩原健太「大滝詠一 あの感触。あのスリル」)。



