(みやざきまなぶ 写真家。1949年、長野県生まれ。精密機械会社勤務を経て独学で写真家となる。長野県の伊那谷を拠点に哺乳類、猛禽類の動物写真を撮り続けている。90年、『フクロウ』(平凡社)で土門拳賞受賞。現在オンラインサロン『gaku塾』を中心に情報を発信している。)

 

 僕は昭和24(1949)年、長野県伊那谷の山間にある中川村に生まれました。最初の家の記憶はほとんどないのですが、戦争が終わって満州から引き揚げてきた父は8人兄弟の次男で、当時は実家の敷地の粗末な掘っ立て小屋に住んでいたそうです。

 それで3歳の頃、父が同じ村内に、電力会社の払い下げた古い社宅を買いましてね。八畳と六畳の部屋に囲炉裏がある家で、5歳年上の双子の兄、3歳年上の姉、僕の4人きょうだいと両親の6人、いつも川の字のように寝ていたのはよく覚えています。

 あの頃は本当に貧しかった。もともとトラック運転手だった父は怪我をして仕事を辞めざるを得なくなった。それでも日雇いやダム工事の作業員でお金を稼いで、どうにか買った小さな家でしたから。

 思えば動物写真家としての感性のようなものも、その家での生活の中で育まれたように感じています。とにかく夜なんかは静かで、障子の向こうから外の音が全部聞こえる。フクロウやカエルの鳴き声、風の音、山を下りてくる獣の足音……。2月の終わり頃にカエルがピロピロッと鳴くと、母が暦を見て、「ああ、今日は啓蟄だね」と言う。春とはこのようにやってくるんだ、と身体で覚えました。

 家は村を見渡せる少し高台にあったので、庭先からは中央アルプスがいつもどーんと見えていました。中川村に合併されるまでは「南向村(みなかたむら)」と言って、その名の通り南向きの土地だったから、お天道様がよく当たった。

 例えば冬の夕方になると、空が真っ赤に焼け、山の稜線が朱色に染まっていくんです。僕はその光の変化を子供の頃からずっと見ていたんですね。四季折々の光と影の移ろいの中で育ったことは、写真家としての自分の感性を間違いなく形作っていると思います。

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source : 週刊文春 2025年7月17日号