「編集長」と呼んで貰える事が増えた。

 9月まで放送されたNHK連続テレビ小説『あんぱん』で僕が演じさせて頂いた高知新報「月刊くじら」の東海林編集長の事だ。ドラマに限らず、アニメなどでも、役名やその愛称で呼んで貰えるのは嬉しいものだ。

 朝ドラの影響力は凄い。僕に80代のご婦人のファンが増えた位に凄いのだ。「母が津田さん、津田さんと言い出しまして」や、「編集長の事を母が気に入ってまして」等々の報告を何人かのスタッフさんから立て続けに聞いた時には驚いた。そして「母が津田さんの写真集を買うと言ってまして」という報告も頂いた。しまいには「母が津田さんの出ているゲームをやりたいと言い出しまして、何か高齢者向けのゲームは」……無いんです。申し訳ない。企業さん、80代向けのシミュレーションゲームなどを作ってみませんか? 本当に有難い事である。

『あんぱん』は、国民的アニメ『アンパンマン』の原作者である、やなせたかしさんと妻の(のぶ)さんご夫婦をモデルにしたドラマだ。僕が演じた東海林明は、今田美桜さん演じるのぶと、北村匠海さん演じる(たかし)が勤める「高知新報」の上司。主人公2人の終戦後を描く「高知新報編」から登場した。

 東海林を演じるにあたり制作サイドからリクエストがあった。戦争を長く描き、出演者、スタッフ、何より視聴者の皆様がとても辛い時間を過ごして来たので、ここからは希望に溢れる章にしたい。場の中心で主人公達も巻き込んでいく東海林を明るく演じて欲しいと。先ずは明るく、とにかく明るく、とても明るく、明るく、明るく。結果……東海林は声が大きくなった。シンプルなのである。

 戦争の傷を引き摺っている主人公達を引っ張る役割も担う東海林は、物語を進めるエンジンでもあった。いい加減で空気は読めないが人の心は読める。人との距離感が変で、大胆な熱い男。脚本からそんな印象を受け取った。さてどう演じるか。逸脱する事を恐れない。リアルも大切だが、それ以上に躍動感を大事にしようと決めた。のぶや嵩の心に再び火をつけ、残骸の向こうに希望を見出す支えになる、これがきっと東海林だ。そしてそのエネルギーの源となっていたのが彼が抱える“悔い”だった。

 劇中では描かれる事が無かったが、戦時中、政府のプロパガンダに加担してしまっていたであろう東海林は、ジャーナリストとしての大きな後悔を抱えていた。それはかつて教師として子供達に軍国教育をしてしまっていたのぶの後悔とも強くシンクロする。高知新報の面接で自身の後悔を語るのぶ。この時ののぶの言葉を東海林はどう聞くか、大切にすべきシーンの一つだった。前半に少しあるコメディから後半のシリアスへと移り変わるその空気の流れ、景色を今でもよく覚えている。

 面接官だった東海林は後に、同じく戦争で傷付きこれからどう生きるのかを模索する嵩の面接もする。この2人を面接する場面は、『あんぱん』というドラマの根底を流れる大きなテーマの一つである「逆転しない正義とは何か」を提示していた。

 高知新報編の撮影はおよそ1ヶ月半。東海林としての出演もおよそ1ヶ月半。あっという間だった気もするが、随分長い期間撮影していた気もする。撮影は正直大変だった。大変ではあったが、その分とても濃密な時間を生きる事が出来た。共演の皆さん、スタッフの皆さんが温かかった。本当に素敵な現場だった。無事にクランクアップを迎えた時は、ホッとすると同時に、のぶ、嵩、高知新報の仲間である岩清水、琴子、そして東海林との別れが寂しかった。

答えを探し続ける旅

 それから数週間後、東海林がもう一度出てくる事になったと連絡を貰った。クランクアップの時にお花を頂き、挨拶までさせて頂いていたのに、である。まぁ、ドラマのクライマックスに同窓会的な感じのノリでのぶと嵩が出会って来た人達が一瞬出てくるのだろうと思っていた。脚本を読んで驚いた。ほぼ1話だけの出番だが、その1話の大半に出ているのだ。しかもとても大切な役割で。

 のぶと嵩が高知新報を離れ東京に行ってから26年後のシーン。2人が『アンパンマン』を世に送り出す最後の一押しをする東海林(お爺ちゃんバージョン)としての再登場。しかも病で死期が近い事を分かった上で、重い体を引き摺って2人に勇気を渡しに来るというドラマも抱えていた。後にプロデューサーさんから教えて頂いたのだが、脚本の中園ミホさんがのぶとの面接シーンを5回も観て下さって、それがこの東海林の最後のシーンに繋がったのだそうだ。『アンパンマン』という作品が出来上がっていく物語の中で、誰かに最後の一押しをさせたい、それは誰なのだろうという話し合いがあったそうだ。面接で2人の想いを聞き、高知から東京に、「何年かかっても2人で逆転しない正義を探せ」と言って送り出した東海林がその役割だろうという事になったのだそうだ。

 ウキウキと同窓会に出席するつもりがビックリである。作品の大テーマに直に関わらせて頂き、更に『アンパンマン』誕生の一翼を担えるとは。光栄かつ身が引き締まる思いだった。

 今年は戦後80年の節目の年。そして、ウクライナやガザの戦火。このタイミングで戦争を描き、戦争によって変わりゆく正義を見つめ、「逆転しない正義とは何か」という問いを投げ、その答えを探す旅を描くことは強固な意志を持たないと出来ない事だったのではないだろうか。そして、その作り手の強い意志とパワーはきっと観て下さった皆様の心に届いたのだと信じている。

『あんぱん』を通して僕にも投げかけられた「逆転しない正義とは何か」という問い。その答えをこれからも探し続けなくてはならないと思うのである。表現をしていく中で。

 またいつか、のぶや嵩、高知新報の面々に会えたらええにゃあ。

挿画 オノ・ナツメ

つだけんじろう/声優、俳優。1971年、大阪府生まれ。1995年、アニメ『H2』の野田敦役で声優デビュー。アニメや洋画吹替、ナレーターなどの声優業と舞台やドラマなどの俳優業の両方で活躍中。

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source : 週刊文春 2025年10月30日・11月6日号