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小沢健二(53)23歳下青髪カリスマ歌手と深夜“ラブリー撮” 米国人写真家と結婚11年

「週刊文春」編集部
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5月に新曲「泣いちゃう」を配信した小沢
5月に新曲「泣いちゃう」を配信した小沢

 90年代、都会的センス溢れる音楽で一世を風靡した小沢健二。米国人女性と結婚し、2児を儲けた“渋谷系の王子様”も今や53歳。その彼が人目を忍び、逢瀬を楽しむ相手がいる。青い髪も鮮やかな女性の正体とは。

「秘密はあるもの 隠すもの 追求されたら否定するもの」

 5月21日、夜10時過ぎ。六本木・テレビ朝日の地下1階の楽屋から、男女2人の美声が廊下に鳴り響いていた。

 アコースティックギターを片手に軽やかに歌う男は、シンガー・ソングライターの小沢健二(53)。その隣で、肩にかかる髪を鮮やかな青に染めた女性が、体を左右に揺らしながらハーモニーを奏でる。歌い終えると、2人の笑顔が弾けた。

紅白初出場時、27歳の小沢
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 11時頃、小沢はフランスの大衆車に乗って自宅へ。車を停めると、しばらくの間、携帯に目を落とす。車から降りた彼は部屋には戻らず、敷地の外に出るとタクシーに乗り換えた。コンビニエンスストアに立ち寄りシャンパンや白ワインなどを購入。待たせていたタクシーに乗り込み、首都高を駆けていく。

 深夜0時、着いた先は外資系高級ホテルAが入る地上52階のビル。小沢はこのホテルの客室を仕事場として使っており、その夜もAのフロント階に直結する専用エレベーターに乗り込んだ。

 そのわずか5分後、黒のバケットハットを目深にかぶった女性も同じエレベーターへと吸い込まれていく。帽子からは、印象的な青い髪がのぞいていた――。

 1990年代に日本のポップカルチャーを牽引し一世を風靡した小沢健二。通称オザケン。

 父親は筑波大学名誉教授のドイツ文学者、小澤俊夫、母親は臨床心理学者の小沢牧子。そして世界的指揮者、小澤征爾(85)を叔父に持つ小沢は、東京大学文学部在学中の89年、小山田圭吾らと「フリッパーズ・ギター」としてメジャーデビュー。「恋とマシンガン」に代表される都会的で洗練された音楽と、ベレー帽やボーダーシャツを着こなすファッションセンスは若者から熱狂的な支持を集め、フリッパーズ・ギターは「渋谷系」と呼ばれるジャンルを切り開いた。

 中でも長身で端正な顔立ちの小沢は、“渋谷系の王子様”としてアイドル的な人気を誇った。93年にはソロデビューし、「愛し愛されて生きるのさ」「ラブリー」「強い気持ち・強い愛」などヒットソングを連発。95年からはNHK紅白歌合戦にも2年連続で出場を果たした。

 98年、そんなポップスターが表舞台から忽然と姿を消した。音楽ライターが解説する。

「自分のペースで生活したいと、ニューヨークに移住したのです。それからしばらくは日本での人間関係を断ち切り、レコード会社の担当者とも会わなかった。2001年に9.11に遭遇してからは社会的なメッセージを発信するようにもなった。父親が刊行する雑誌に、資本主義を暗に批判する小説を寄稿したこともありました」

 そしてニューヨークで写真家のエリザべス・コールと出会う。2人は09年に結婚。13年に長男が誕生、16年には次男を儲けた。

 次男が生まれた後、小沢は家族を連れ、人知れず日本に拠点を移していた。

2つめのホテルで合流

「子供に日本で教育を受けさせるため、戻ってきたそうです。今はインターナショナルスクールが集中する都内一等地のビンテージマンションが生活拠点。小沢さんが車で子供を連れて出かけていくのをよく見かけます」(近隣住民)

 17年、長い沈黙を破って19年ぶりのシングル「流動体について」を、19年にはアルバム「So kakkoii 宇宙」をリリースし、ファンを喜ばせた小沢。

 その作風には変化が見られるという。

「90年代はラブソングを数多く歌っていたが、復帰後の曲は『晩ご飯のあとパパが「散歩に行こう」って言い出す』『子どもたちを置いて逃げよう』など、“パパ目線”の歌詞が多い。アルバムジャケットは長男の写真で、ミュージックビデオにも息子たちがたびたび出演しています」(前出・音楽ライター)

 再始動後は満島ひかりや三浦大知など、下の世代のアーティストとのコラボレーションも積極的に行い、再び音楽の最前線に立っている小沢。その彼が今、新たに“コラボ”しているのが「青髪の女性」なのである。

 冒頭の日、小沢がテレビ朝日にいたのは、「ミュージックステーション 2時間スペシャル」に生出演するためだった。

 司会のタモリが、共演者のAwesome City Clubの女性ボーカル・PORIN(30)が小沢のアルバムにコーラスとして参加したことに触れると、PORINははにかみながら、

「Mステで再会できたらいいですね、とお話しさせていただいていたので、共演できてとても嬉しいです」

 と語った。

作詞も担当するPORIN(Instagramより)

 Awesome City Clubは13年に結成された、男女3人組。今年、菅田将暉・有村架純主演の映画「花束みたいな恋をした」の“インスパイアソング”としてリリースした「勿忘(わすれな)」で大ブレイク。曲の配信回数も1億回を突破した。

「スタイリッシュな曲が若者の支持を集めていて、今年の紅白出場も有力視されている。PORINは日本女子大卒業後、音楽スタジオでバイトしていたところをメンバーにスカウトされた。『花束〜』にもウェイトレス役で出演しており、またアパレルブランドも持つなど幅広く活躍。その個性的なビジュアルも相まって、20代男女の新たなカリスマとなっている」(別の音楽ライター)

 Mステで久しぶりに共演した2人。放送終了後、2人は楽屋で、PORINがコーラスで参加した「失敗がいっぱい」を歌い、YouTubeで配信した。

楽屋でのコラボ(YouTubeより)

 そして、ここから2人の“セッション”が続く。

 コンビニで酒を買い、ホテルAに移動した小沢、その後に続くようにしてAへ向かったPORIN。だが、フロント階に着いた彼女は、チェックイン待ちのカップルや宿泊客が複数組いるのを目にした途端、踵を返して地上階へと戻り、外へと歩き出した。

深夜、ホテルに移動

 それから約10分が経過。出てきたのは黒いニット帽を被った小沢だ。タクシーを拾って1キロ先の名門ホテルPへ。さらに、ほどなくしてPORINも彼と同じ部屋に消えていった。

 まだ日の昇らない午前4時、小沢は何度も歌詞で描写してきた東京タワーを背に、家路を急いだ。一方、PORINはチェックアウト時間ギリギリの午前11時に、周囲を警戒しながら帰宅したのだった。

逢瀬の翌朝、タクシーを待つPORIN

 ホテルを変更してまでも人目を避け、深夜に再会したかった男女。2人の関係はいかなるものか。PORINに近い音楽関係者の一人が内情を明かした。

「2人の関係が始まったのは、19年のアルバム制作よりも前です。以来、定期的に密会を重ね、関係は3年近いと聞いている」

 彼女は小沢との関係に悩んでいるという。だが、

「彼からは『妻と離婚に向けて話し合っている』と聞かされたそうです」(同前)

 やはり2人は「強い気持ち・強い愛」で結ばれた関係なのか。6月28日、帰宅途中のPORINに声をかけた。

――小沢さんと交際されている?

「いえいえいえ、ないです」

「男性として……いやぁ……」

――男女の関係は?

「全然ない。対等な音楽仲間として一緒にモノづくりをしています。そういう感じで言われると心外です」

――Mステで共演した夜に一緒に過ごしていないか?

「過ごし……どこでですか?」

――ホテルPです。

「いや(行っていない)」

 当初は否定を重ねていた彼女だが、徐々に重い口を開いた。

――2人でホテルに行ったことは?

「打ち合わせとかはぜんぜんありますよ。小沢さんが(ホテルで)作業されているので」

――(ホテルでは)お酒を飲みながら打ち合わせを?

「飲みますね。脳がやわらかくなるんで」

――Mステの後、ホテルPで一緒に過ごされていないか?

「小沢さんに確認していいですか? 私がなんか答えても、向こうのアレがあると思うんで」

――男性として見られたことは?

「男性として……いやぁ……。私そんなに『はぁ♡』みたいな感じじゃないっすよ! 小沢さんの周りにはもっと素敵な女性がいます」

――仕事の打ち合わせなら時間差で出なくとも。

「うんうん(頷く)。一緒に作っているものがあってそれはまだ言えないんです。ここで漏れたら大変なことになるプロジェクトで……」

――どれくらいの頻度で会う?

「それはまあ……わかんないですね、今は」

――「秘密は隠すもの」という歌、意味深では?

「あははは(笑)。私が出会う前からあった曲です。2人の関係性じゃなくて普遍的な歌なんで」

 取材の最後にもう一度関係を尋ねると「いやぁ……それは……」と言葉を濁し、こう吐露した。

「こういう場合はどう答えればよいのかちょっと。小沢さんの方が知っているかもしれないですね。芸能界が長い方なので」

 改めてPORINの所属事務所に訊くと、交際については「尊敬する先輩クリエイターの中の一人として、大変お世話になっておりますが、そういう関係ではございません」。

 そして、ホテルPの滞在は「事実です」と認めた。その上で「お互い多忙を極めていたのでテレビ番組で共演させて頂いた流れで、その日のうちに打ち合わせをしようという流れになりました」とした。

 一方の小沢は、現在家族とともに渡米中だという。公式インスタグラムのアカウントに取材を申し込んだが、締切までに回答を得られなかった。

「勿忘」、すなわち忘れな草の花言葉は、「わたしを忘れないで」。オザケンが久しぶりに生み出すラブソングは、ひょっとすると昔とはかなり毛色の違ったものになるかもしれない。

source : 週刊文春 2021年7月8日号

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