「ちょっといいですか〜」という言葉が飛んでくるのが常だった。

 20代の頃、しょっちゅう声をかけられた。彼らは目立つような目立たぬような、絶妙な佇まいで通行人を見定めている。人混みでも、閑散とした場所でも。街中でその姿を見掛けると、向こうからスッとこちらに近付いて来る。

「ちょっといいですか〜」

 店の呼び込みや、怪しい勧誘ならまだ良い。テキトーに受け流して行けるのだから。だが、彼らはそうはいかないのだ。警官なのだから。そう、職務質問、略して職質の話。

 職質を受けたことがある人の割合はどれくらいなのだろう。恐らく一度も受けずに人生を終える人が大半なのではないだろうか。受けない人は全く受けない、そして受ける人は頻繁に受ける、それが職質の世界。僕のおかげで、職質を受けずに済んでいる人もいるかもしれない。

 声を掛けられるのは繁華街が多かったが、駅の改札口でも職質を受けた事がある。「ちょっといいですか〜」と声を掛けられたから「ダメです」と答えてみたのだが「まぁまぁ」と言われ、渋々対応する羽目になった。少し急いでいたのと、場所が場所だったからダメですと答えたのだが……。職務質問は任意なのでお断りする事も出来るのだが、そうするとこっちの怪しさがアップして長くなるので、余程急いでいない限り素直に受けていた。

 世界の駅乗降者数ランキングというものをご存知だろうか。文字通り世界中の駅の乗降者の数の多い順なのだが、トップ10の内、日本の駅がほぼ独占、つまり圧倒的に日本の駅は乗降者数が多いのだ。そして、ランキングの頂点は新宿駅。ギネスにも載る程に人で溢れている絶対王者なのだ。その新宿駅の改札での職質はなかなかに厳しい。職質を受ける僕の横を人が通るわ通るわ、イグアスの滝から流れる川のように沢山の人々が通っていく。そしてその通行人からの視聴率はほぼ100%。ああ恥ずかしい。何よりハードなのが皆様の目、目、目。警官2人と対峙する僕はほぼ犯罪者なのである。あいつ何やったんだ、なんか危ない感じだよな、あの顔はヤバイよ、等々、1万人の第九ばりの大合唱が聞こえて来そうなエネルギー。新宿駅改札付近の職質はとても恐ろしいのだ。

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source : 週刊文春 2026年3月5日号