(ふじさきしのぶ/1966年、東京都墨田区生まれ。青山学院女子短期大学卒業。39歳で渋谷109のアパレルショップ店長として初就職し、2011年、居酒屋「そらき」を開業。17年ドムドムフードサービス入社、翌18年8月に代表取締役社長就任。著書に『ドムドムの逆襲』『39歳、初就職。』等。)

夫が倒れて収入がなくなり、専業主婦だった私が39歳で初めて就職したときは、本当にありがたく思いました。賃金を得られれば自分と家族を守れます。私の仕事はその感謝から始まっているんです。感謝の気持ちがあるから目の前の仕事を少しでも良くしていきたい。そう思い続けて今に至っています。
日本で最も古いハンバーガーチェーンであるドムドムハンバーガー。株式会社ドムドムフードサービス代表取締役社長の藤﨑忍さんは、昭和の最盛期から衰退し赤字続きだったこの運営会社に51歳で入社し、黒字経営へと導いた。1966年、東京・墨田区生まれ。政治家の父と家業を営む母のもとで4人兄妹の3番目として育った。
生まれも育ちも墨田区向島で、商店街のお店にご挨拶しながら学校に通っていました。祖父も父も地方議員で、実家は母方の家業の煎餅屋と不動産業、保険代理店も営んでいました。祖父母と両親、兄妹4人の家族3世代で暮らしていたのは4階建てのビルです。1階には煎餅屋の横に事務所と駐車場があり、2階と3階は貸していて、私たち家族が住んでいたのは4階。かなり広くて、来客用の和室に応接間、ダイニングキッチン、祖父母と両親の寝室、子ども部屋に茶室や納戸もありました。お金持ちのように思われるかもしれませんが、後にこのビルは“借金コンクリート”と呼ばれるようになって手放すんですけどね。父は商売が苦手な人で、正義感が強くて子どもと話すのが好きでした。父と子どもたちでテラスに出て、夜空を見上げながら世の中のことをよく語り合ったものです。

母は献身の人。いつも人のために尽くしているスーパー働き者でした。近所の妊婦さんが産気づいて、母が自分の車で病院まで連れて行ったこともあります。朝は早起きしてガス釜で一升お米を炊き、家族の朝ご飯と兄たちの弁当も作る。洗い物や掃除洗濯をすませると、昼間は煎餅の配達に出て保険の外回り。父の支援者のみなさんのおもてなしはもちろん、近所の人と食卓を囲むことも多かったので、夜は10人分ぐらいの夕飯をつくっていました。
倒れた夫の代わりに働くことに。渋谷の109でゼロから仕事を覚えた
母1人では回らないので、私も小学3年生の頃から料理を手伝っていました。いろんな大人達のやりとりを間近で見ていて、自然とコミュニケーション能力が身についたように思います。
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source : 週刊文春 2026年9月10日号
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