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「タリバンはどんな組織?」|池上彰

池上彰のそこからですか!? 第490回

池上 彰
ニュース 社会 政治 国際

 アフガニスタンで反政府武装勢力タリバンが政権を掌握しました。ひげもじゃの男たちが小銃を持って集まっている映像がニュースになりました。そもそも彼らはどんな存在なのでしょうか。基礎から解説しましょう。

 彼らはタリバンと呼ばれています。朝日新聞だけは発音に忠実ということでしょうか、「タリバーン」と独自の表記を続けてきましたが、今回遂に「タリバン」に統一しました。これを日本語に訳すと「学生たち」です。なぜここで学生たちが出て来るのか。事の始まりは1979年にさかのぼります。

 アフガニスタンは、北は旧ソ連のタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンと境を接します。西はイラン、東はパキスタンと国境を接する内陸国。山岳地帯の国で、夏は暑く、冬は寒いという苛酷な環境です。

 周囲を多くの国に囲まれているので、多民族国家です。最大民族はパシュトゥン人で、ほかにもタジク人やウズベク人、ハザラ人などが住んでいます。多くはイスラム教スンニ派ですが、ハザラ人はシーア派です。ここには、かつてモンゴルが攻め込んできたことがあり、ハザラ人はモンゴル系です。日本人そっくりの顔をしている人が多いんです。

 もともと平和なイスラム教の国で、国王がいる立憲君主制でしたが、1973年、国王が病気治療のために国外へ出た隙に従兄弟がクーデターを実行します。王制を廃止して共和国にし、ソ連に接近して社会主義体制への移行を目指します。

 これに国内のイスラム教徒が反発。反政府活動が活発になります。これを見たソ連は、国内にイスラム過激派の影響が及ぶことを恐れ、1979年、軍をアフガニスタンに侵攻させます。

 イスラム教徒にとって、自分たちの住む場所を守ることは「ジハード」(聖戦)です。これをきっかけに若者たちが武器を取ってソ連軍と戦い始めます。彼らは「ムジャヒディン」(イスラム聖戦士)と呼ばれました。彼らを支援しようとサウジアラビアなど中東のイスラム圏から大勢の若者が応援に駆け付けます。当時サウジアラビアにいたオサマ・ビンラディンも、このときアフガニスタンにやってきたのです。この戦いにアメリカが目をつけます。

 当時は東西冷戦時代でしたから、アメリカにしてみれば、ソ連を弱体化させるチャンスと考えたのです。隣国パキスタン経由で大量の武器と資金をムジャヒディンに送ります。

 その結果、ソ連軍は多数の犠牲者を出して1989年に撤退します。

 ソ連軍が撤退すると、アメリカは関心を失います。ところがアフガニスタン内部では、ソ連軍と戦っていたムジャヒディン同士の内戦が始まります。ソ連という共通の敵がいたときには団結していたのですが、敵がいなくなったら内輪揉めを始めたのです。そこに目をつけたのは、今度はパキスタンでした。アフガニスタンに自国寄りの政権を樹立させようと考えたのです。

パキスタン軍が育てたタリバン

 ソ連軍が攻め込んできたときに、大勢の難民がパキスタンに逃げ込んでいました。この難民の子どもたちを対象に、パキスタンのイスラム原理主義勢力が神学校つまりイスラム教の学校をつくり、極端な解釈のイスラムを教え込んでいました。パキスタン軍は、この学生たちに武器を与え、故郷であるアフガニスタンに送り込みました。これがタリバンです。タリバンはパキスタン軍から受け取った兵器を持って攻め込み、1996年に政権を掌握します。ところが、ここでタリバン政権が行った政治が驚くべきものでした。

 イスラム原理主義の極端な教えを叩き込まれていた若者たちですから、自分たちの独自解釈のイスラム統治を始めます。たとえば女性は大切にしなければいけないから、家から出ないようにさせる。もし外出するときは、家族の男性が付き添わなければならない。男たちの視線から守るためにブルカを着て、顔が見えないようにする。女性を男たちから守るため、女性が学校に通ったり、働いたりすることは認められない。

 映画を見たり、音楽を聞いたりという娯楽も禁止。天国に行ってから、たっぷり楽しめばいいのであって、この世では、ひたすら神様のことを考えていればいいのだ、というわけです。

 毎週金曜日には公開処刑を実施しました。サッカー場に大勢の観客を集め、犯罪者の首を切ったり、腕を切り落としたりしたのです。

 ここにサウジアラビアからビンラディンがスーダンを経由して再びやってきて潜伏。反米テロを計画します。かくして2001年9月11日、ビンラディン配下の者たちが、アメリカ同時多発テロを実行します。

 怒ったアメリカのジョージ・ブッシュ大統領(息子)は、タリバン政権に対して「ビンラディンを引き渡せ」と要求しますが、タリバンはこれを拒否。そこでブッシュ大統領は「テロリストを匿うものは同罪だ」とアフガニスタンを攻撃。タリバン政権は崩壊したのです。

 あれから20年。いったんはタリバンは地方に追いやられましたが、アメリカの支援で樹立された政府は腐敗し、国民の支持を得られないまま、タリバンが勢力を拡大。政権を掌握したのです。これまでの20年間は何だったのだろうと思わざるを得ません。

 アメリカは、ビンラディンを捕捉して殺害することに成功しましたが、アフガニスタンに民主主義を根付かせることはできませんでした。

 問題はこの後です。タリバン政権は、再び極端な支配を復活させるのか、どうか。

 タリバンは今月17日、全てのアフガニスタン国民に恩赦を出し、女性の社会進出を否定しないと声明を出しましたが、これは本気なのか、それとも世界を騙そうとしているのか。目が離せません。
 

イラストレーション 3rdeye

source : 週刊文春 2021年9月2日号

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