週刊文春 電子版

第452回「非必須ミネラル」

人生エロエロ

みうら じゅん
エンタメ 芸能

 人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。

 先日、紀伊國屋書店新宿本店の1階にある化石や鉱物を扱ってるショップに入った。かつても何度か店内を物色したことがあるが、それを買う目的で入るのは初めて。今回はその経緯と理由を説明しようと思う。

 初放映が'68年、というと僕は当時、小4。父親に至ってはそのアニメに登場する“一徹”と同じくらいの歳ではなかったろうか?

 土曜の夜は居間のテレビの前で、並んで座り『巨人の星』を夢中で観てた。

 そして、番組が終ると父はグローブとボールを持って表の道に出る。僕も自分のグローブを握り、その後に続いた。

“バシーーン!!”

「もっとド真ん中に投げんかい!」

 ふだんの口調と少し違うのは、その夜は父に一徹が降臨してるからだ。僕を飛雄馬に見立ててのキャッチボールである。

 汗だくになって2人で近所の銭湯へ行くのもそのブームの一環。ま、家の風呂と違い大きな湯船に浸れるのは嬉しかったけど、僕は何よりもその脱衣場の壁に所狭しと貼ってあるエロ映画のポスターが見たかった。

 今では考えられない光景だが、昭和40年代はそれがノーマル。毎度、エッチな画像を頭に焼き付け、帰宅したものだ。

 大リーグボール1号が、花形満により打ち砕かれた頃だった。僕はクラスメイトのTからある情報を得た。それは「何も銭湯行かんでもポスターは見られるがな」という朗報だった。

 Tの家はあの銭湯にほど近い。エロ渇望が湧き上ると、夜中こっそり家を抜け出し見に行ってるんやとも言った。その現場は銭湯の脇、板塀が続く裏路地で、日中でもほとんど人通りがない所だった。誰に向けてか分らないが、その板塀に1枚だけ公開中のポスターが貼ってあるらしい。

「今夜見に行くつもりやけど、お前も来る?」

 Tのそんなスウィートなお誘いを断る理由はない。生れて初めての、いわゆる夜遊びに僕はドキドキしながら約束の銭湯が終る11時を待った。

 現場近くに着くと暗がりから「こっちや、こっち」と、Tの声が聞え少しホッとしたが、この暗さでは肝心のポスターがよく見えないのではと思った。

 そんな僕の心配を察したか、Tは「大丈夫や、任せとけ」と言って懐中電灯を差し出し見せた。流石、そこはプロである。

 光が当たるとそれは、黒い木枠に囲われ貼ってあった。こんな間近で、しかも気兼ねせずじっくり鑑賞するのは初めてだったので思わず「ほーう」と、声を漏らすとTは「他のポスターも見たなるやろ?」と、妙なことを聞いてきた。

「だって、これ1枚しかないんやろ」と返すと、「実はな、この下にお宝がどっさり埋っとんねん」と、Tは言って今度は光をポスターの右上の角に向けた。そこには何度も爪で引っ掻いたような跡があり、少し破れた紙の下に何重もの層が出来ているのが見て取れた。

 そうか、脱衣場の貼り替えとは違い、新作ポスターが旧作の上に貼り重ねられているのだ。

「でもな、アカン。強力な糊で貼ってあって、雲母のようにはいかへんわ」

“うんも”とは、薄くはがれるのが特徴の鉱物――

 僕はあの時のTの絶妙な例えが未だ忘れられず、今回遂にそれを買ってしまったってわけ。

 

source : 週刊文春 2021年9月30日号

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