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シリコンバレーから「頭脳」が流出している|三木谷浩史

三木谷浩史「未来」 第23回

三木谷 浩史
ビジネス 社会 経済 国際 企業

 ここ最近、アメリカのシリコンバレーで、とても興味深い事態が起きている。シリコンバレーと言えば、かつてはイノベーションの中心地であり、世界中から若い技術者が集まる「聖地」だった。ところが、その「聖地」から企業や人材が離れ始めているというのだ。

 アメリカにいる僕の友人が以前、こう言っていたのが印象的だった。

「シリコンバレーでは急速に『ブレイン・ドレイン』が起き始めている。もしかしたら、あの街からはもう新しいイノベーションは生まれないかもしれないね」

 ブレイン・ドレイン。つまり、シリコンバレーから「頭脳」が流出している、という意味だ。

 しかし、IT企業の「聖地」として長く持て囃されてきたシリコンバレーがなぜ、そうまで言われるようになってしまったのか。

 その背景にあるのが、新型コロナウイルスの流行に伴う働き方の大きな変化だ。

 コロナ禍で日本でも「リモート・ワーク」が進み、僕自身も会議を自宅から行うことが増えた。同じように、シリコンバレーでも「ワーク・フロム・ホーム」という言葉をよく聞くようになっている。

 そんな中、アメリカで一つのスタンダードになりつつあるのが、「ノー・オフィス・カンパニー」という働き方である。

 快適に仕事をするためには、自分の書斎くらいは最低でも持ちたい。そう考える彼らはより快適な住環境を求め、引っ越し先を探した。その行先は、シリコンバレーがあるカリフォルニア州よりも、税金の低いテキサス州やラスベガスのあるネバダ州、あるいは「住んで楽しい」と思えるフロリダ州だった。

テキサスが最先端都市に

 日本に住んでいると、この話には少しピンと来ないところがあるかもしれない。税制をめぐる州同士、国内での自治体同士の競争というものが日本では起き得ないからだ。

 だけど、アメリカでは国が徴収する連邦所得税とともに、各州がそれぞれ所得税を徴収している。州によって税率は異なっていて、シリコンバレーのあるカリフォルニア州では個人所得税は所得にもよるが、1~12・3%、法人所得税は約9%だけれど、テキサス州では個人所得税も法人所得税も基本的に0%。これだけ大きな差があるのだ。

 だから、高い所得の優秀なエンジニアは、カリフォルニア州から税率の低い別の州へ次々と移住していく。そして、一度シリコンバレーを離れた彼らは、おそらく戻ってこないだろう。

テキサスに移転するテスラのイーロン・マスクCEO

 企業だって同じだ。実際、すでにテキサスに移住しているイーロン・マスクは10月、テスラの本社もカリフォルニア州からテキサス州に移転する計画を発表した。オラクルもテキサス州に本社を移しており、ヒューレット・パッカードもそれに続こうとしている。来年には新社屋がテキサスに完成するそうだ。

 この流れはおそらく、もう止まらない。あと数年もすれば「IT企業のほとんどがカリフォルニアベースではなくなる」といった未来もあり得るはずだ。代わりに、カウボーイのイメージが強かったテキサスが最先端のIT都市に取って代わる。

 こうしたアメリカの状況を踏まえてみると、日本でも道州制の導入を抜本的に議論した方がいい、と僕は改めて思う。

 例えば、こんなふうに想像してみてほしい。「『九州州』は『関東州』よりもIT化が進んでいる。『関西州』は税金の安さでは一番」――そうした選択肢があれば、企業は様々な経営戦略を、人々は様々な働き方を検討することができる。それぞれの州が「未来」を見据えて多種多様な施策を打つような競争があったほうが、地域の活力は結果的に増していくに違いない。

 だからこそ、現在のように全国一律の制度を「中央」が決めるのではなく、「リージョナル・コンペティション」(地域間の競争)を、日本はもっと起こしていくべきではないだろうか。それは、自ずと優秀な人材を世界から集めることにもつながっていくはずだからだ。

企業がIPを置きたがる国

 日本の「未来」にとっていま必要なことは、「イノベーション・プラットフォームとしての国づくり」と前回の連載で書いた。

 今回紹介したシリコンバレーからの「ブレイン・ドレイン」という事態は、そのための単純な1つの条件を教えてくれている。労働市場ですでに高く評価されているエンジニアは、税金の安い場所へと水が流れるように集まってくる。前回も伝えたが、日本の税金は高すぎる。そこで暮らす僕らはそのことの意味を、もっときちんと考えなければならない。

 天然資源のない日本では、海外から金と人を集められるものと言えば、観光くらいだ。日本は治安が優れていて、食べ物も美味しい。どの場所に行ってもこれほど高品質で安いサービスを受けられる国なんて、そう見当たらない。それは海外から人を呼び込むという意味で、本当に大きな財産だ。

 だけど、そもそも、税金の高い国や場所に、国の未来を変えていってくれる優秀なエンジニアは集まらない。逆に考えれば、こうした「税金の高さ」を解消すれば、世界中の人材が自ずと集まってくる魅力が日本にはあるはずだ。

 エンジニアの働き方は本来、場所を選ばない。コロナ禍によってその流れはより明確なものとなった。楽天モバイルでも大半のエンジニアはインドにいる。企業にとってはIP(知的財産)が自分のところにあれば、海外のエンジニアにそれをデベロップしてもらっても全く問題はないからだ。

 その意味で企業がIPを置きたがる場所が、税金の安い国だという基本をこの国はもっときちんと理解すべきではないか。そうした観点から税制を考える知的戦略・IP戦略が、日本の政治にほとんど見られないのは残念でならない。

(みきたにひろし 1965年神戸市生まれ。88年に一橋大学卒業後、日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行。退職後、97年にエム・ディー・エム(現・楽天グループ)を設立し、楽天市場を開設。現在はEコマースと金融を柱に、通信や医療など幅広く事業を展開している。)

source : 週刊文春 2021年12月09日

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