週刊文春 電子版

なぜ円安が進んだのか|池上彰

池上彰のそこからですか!? 第507回

池上 彰
ニュース 社会 政治 経済 国際

 新年早々値上げラッシュです。去年の秋にはガソリン価格が上がりましたし、暮れにかけて牛丼チェーンが相次いで値上げを発表しました。最近は「ステルス値上げ」も増えています。「ステルス」とは「見えない」という意味ですね。たとえば16個入りのお菓子のパックを値段据え置きのまま12個入りにしてしまうようなことを言います。買い物客に気づかれないように値上げしているというわけです。

 ガソリンも牛丼もお菓子も、ある共通点があります。それは、輸入品だということです。ガソリンは原油を精製したもの。原油は、ほとんどすべて輸入です。牛肉もアメリカやオーストラリア産ですね。お菓子の材料の小麦も大半は輸入です。

 このように輸入品の値上がりが続いている理由は、円安が続いているからです。そこで今週は、なぜ円安が進んでいるのかを取り上げましょう。原因は、アメリカ経済が復活し、好景気になっているからです。

 アメリカも去年はコロナの感染拡大で経済が大きな打撃を受けましたが、去年の夏以降は景気が回復しています。ワクチン接種が進んで新規感染者が減り、経済活動が再開されたからです。

 その後、再び感染が拡大していますが、経済活動は縮小していません。コロナを軽視するようになったからか、コロナとの付き合い方に慣れたからなのか。バイデン政権による景気対策もあり、景気が回復。その結果起きたのが、物価の上昇。いわゆるインフレです。去年11月の消費者物価指数は、前の年の11月に比べて6.8%も上昇しました。これだけ上昇したのは第二次石油ショックで石油価格が急上昇して物価の値上がりが深刻な問題になった1982年以来、39年ぶりのことです。

 こうなると、インフレ退治が必要になってきます。そこで動いたのがFRB(連邦準備制度理事会)です。アメリカではアルファベット3文字に短縮して表現するものが多いですね。この名称は私たちにはピンと来ませんが、要は中央銀行のこと。日本なら日本銀行が該当します。

 だったらアメリカはなぜ「アメリカ銀行」と言わないのか。これは、アメリカが連邦国家だからです。中央集権的な中央銀行の設立に反対する政治家が多く、結局12もの「準備銀行」が設立されました。「準備銀行」とは、民間の銀行の経営が行き詰まったときに札束を持って駆け付ける役割の銀行です。ボストンやニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコなどにあって、それぞれ管轄を持っています。この12の準備銀行が、それぞれの地域で中央銀行の役割を果たしているのです。

 でも、それではアメリカ全体を大局的に見渡すことができません。そこで、12の準備銀行が集まって全体を統括する組織を作りました。これが連邦準備制度理事会。奇妙な名称の理由がわかりましたでしょう。

 日本銀行が景気対策のために金融緩和をするように、アメリカはFRBが金融緩和を進め、金利を低く抑えてきました。

今年3回の利上げを予定

 金利が低ければ、企業は金融機関からお金を借りやすくなり、新たに工場を増設したり、従業員を採用したりしやすくなります。こうして景気をよくしようというわけです。

 でも、アメリカはインフレになってしまいましたので、これからは金融引き締めを始めます。金利を徐々に引き上げることで、企業が金融機関からお金を借りにくくして、景気の過熱を抑えるというわけです。FRBは、この方針を先月打ち出しました。

 さて、するとどうなるのか。ここで、あなたが多額の資金を動かす国際的な投資家だと考えてください。どこの国の通貨を持っていれば有利だと思いますか?

 そう、アメリカのドルなのです。アメリカは、これから次第に金利が上がっていきます。銀行に預金しておけば、利息が増えるのです。

 もちろん国際的な投資家は銀行預金だけにしておくなんてことはしませんが、金利が上がれば、銀行預金ばかりでなく国債や社債などの金利も上昇し、もうける機会も増えます。アメリカ・ドルにしておけばいいと考えるでしょう。こんなことを考えるのは、あなただけではありませんね。ほかの投資家も同じことを考えるでしょう。すると、世界中の投資家が自国の通貨をアメリカ・ドルに交換しようとします。日本の円で持っていた投資家も円をドルに交換する。これが「円売りドル買い」です。

 ドルの人気が高まりますから、「需要と供給」の関係でドルの価値が高まります。ドルの価値が高まれば、相対的に円の価値は下がります。かくして円安が進んでいるというわけです。

 投資家たちは、「これからドル高になるだろう」と予想してドルを買う結果、本当にドル高になる。これを経済学では「予言の自己実現」といいます。みんなが「予言」した通りの行動をとるので、「予言」が実現してしまうというわけです。

 冷静に考えると、FRBはこれから金利を上げるという意向を示しているだけで、いますぐ金利が上がるわけではありません。でも、国際的な投資家たちは、「みんながドル買いに走るからドル高になるだろう」と考えて、ドル買いをするのです。まさに思惑で円やドルの価値が上下するのです。

 では、円安が進むと、日本にとってはどうなのか。一般論として円安は輸出産業に有利ですが、輸入産業には不利。石油や牛肉、小麦の値段が上がってしまうからです。

 物価が上がっても給料も上がれば問題ありませんが、給料が上がらないまま物価だけが上がってしまっては困ります。これから給料を上げることができるのか。岸田内閣の腕の見せ所ですし、労働組合の力量にかかっているのです。良い年になればいいのですが。

イラストレーション 3rdeye

source : 週刊文春 2022年1月13日号

文春リークス
閉じる