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♬さあイクんだ その顔を上げて|みうらじゅん

人生エロエロ 第467回

みうら じゅん
エンタメ 芸能

 人生の3分の2はいやらしいことを考えてきた。

 そもそも関西弁で言うところの「茶でも、しばかへんけ?」とは、ナンパの際の常套句だったように思う。

 茶とは主にコーヒーのことを指したが、中には昆布茶やガラナを注文した者もいたかも知れない。

 しかし、この場合、茶はあくまで前振りで、後続する“しばかへんけ?”にその最大の目的がある。

 かと言って、何も出された茶をいきなり叩くことではない。それではコーヒーカップが割れてしまうだろうし、喫茶店の方も迷惑千万だ。

 僕の考えでは、しばくというのは“口説く”の最上級で、茶を済ませた後、ラブホに向う気満々であるということを暗に伝えているのだ。

 上京したての頃、知り合った彼女と何度かお茶をしたが、意気地がなくしばくまでには至らなかった。

 それは僕が童貞故、精一杯、気取っていたからである。

「そうやな、将来はグラフィックデザイナーかな」

「ふーん、私、その世界のことよく分らないけど、何かカッコイイね」

「いや、それほどでも」

 自ら、ハードルを高くし、どんどんしばきが遠のいていったそんなある夜、今度は彼女の方から誘ってきた喫茶店。それはしばくどころの騒ぎじゃない『同伴喫茶』だった。

 もう、若い方は御存知ないとは思うけど、かなりのことまで店内でしていい喫茶以上ラブホ未満店のこと。

 僕も当時、噂でしか知らなかったが「行ってみない?」と聞かれた時「あぁ、いいかも」などと言って、必死で大人を装ったものだ。

 当時、建ったばかりの渋谷のファッションビル109。確か、その斜向いくらいにあった雑居ビルの何階かの窓に看板が出ていた。 僕は彼女に手を引かれるようにしてエレベーターに乗り込んだ。

 扉が開きすぐそこに薄暗い店内が見えた瞬間、過度の緊張で僕の金玉は縮み上った。

 黒服の店員が奥の空いた席に僕らを案内する途中で何組かのカップルが大概なことをしてるのを見、驚いた。

 大概なこととは、キス、ペッティングの意だが、横並びの2人掛けの席に着いてから時折、聞えてくる悶絶の呻き声は、きっとラブホ同然のことまでしているに違いないと思った。

 注文した茶がやけに高価でさらに驚いたが、それを味わってる奴など絶対にいない。

「スゴイですねぇー」

 照れ臭さもあって、思わず深夜番組『トゥナイト』の山本晋也カントクみたいなセリフを吐く僕に彼女は、

「口でしてあげようか?」

 と、唐突に聞いてきた。

 返す言葉も出なく、成り行きに任せた。

 窓のカーテンは閉め切られていて外の風景は見えないが、目を閉じると僕の頭の中に満天の星が広がった。

 “シュポシュポシュポ……”

 僕は得も言われぬ快感を味わいながら、その夜空を横切る銀河鉄道に乗っている気分だ。

 “ポーッ!!”

 しかし、それは1分ももたなかった。

 彼女は「出すならその前に言ってよね!」と、まるで子供を叱り付けるような口調で僕の顔を睨みつけた。

 

source : 週刊文春 2022年1月20日号

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