「笑い飯病」あるいは「千鳥病」。
仲間内で、そんな風に呼ばれる病が流行した。
「それまで『デートの練習をしたい!』みたいなネタをやってたやつらが、笑い飯さんと千鳥さんに憧れて、柄にもなく急に下ネタを言い始めたり、男臭いネタをやって失敗するというパターンが急増したんです」
そう苦笑するのは、かつて大浦梶という漫才コンビを組んでいた芸人の梶剛だ。そういう梶らのコンビも例外ではなかった。
「僕らがいちばん失敗したのは麻雀ネタでしたね。架空の役を作って、これは何点みたいなことを笑い飯さんみたいに交互に言い合うんですけど、ぜんぜんウケなかった。なのに、大丈夫、大丈夫、って。笑い飯さんとかも最初の頃はウケてなかったから、と。ただ勘違いしているだけなんですけど、気分だけは笑い飯さんであり、千鳥さんなんですよ」
2003年から2004年にかけて、劇場「baseよしもと」を中心とした大阪の若手芸人の世界は、「おもろい」至上主義へ急速に舵を切ろうとしていた。梶が続ける。
「あの頃、ほぼ全員のネタ作りが変わったと思いますよ。影響されてないというやつも潜在意識の中で変わらざるをえなかったはず。あの2組は、大阪のお笑いを1回ぐるんと変えちゃいましたから。それまでは人気さえ出れば、内容なんて二の次だった。でも、その人気が悪になって、おもろいが正義になったんです」
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source : 週刊文春 2022年2月3日号