週刊文春 電子版

歌謡曲の時代 3 「歌謡曲の時代を背負って」

短期集中連載 ジュリーがいた

島﨑 今日子
エンタメ 芸能

 電飾のスーツに赤と白のパラシュートを背負ったジュリーが歌い出す。「TOKIO」で日本中を征服した次の瞬間、井上バンドは解散を告げた。第6章・終幕。

写真=横木安良夫

 スーパースターという称号を掌中に収めてからも、沢田研二は攻撃をやめなかった。広告の時代を動かすアートディレクター、石岡瑛子と組んでパルコのキャンペーンに裸身で登場し、世間に衝撃を与えたのは1979年初夏だった。プロデューサーの加瀬邦彦と共に、自ら石岡のもとを訪れて「一緒に仕事をしたい」と願い出たのである。

 この時、パルコの一連のポスターと、80年出版の写真集『水の皮膚』を撮影したのは、写真家の鋤田正義。沢田より10歳年長の鋤田は、70年代初頭にT・レックスのマーク・ボランとデヴィッド・ボウイというグラムロックを代表する二人を撮って、加藤和彦やYMOら多くのミュージシャンが被写体になりたいと切望した写真界の伝説である。鋤田は、顔見知りの石岡から「デヴィッド・ボウイ撮った人しかいないでしょ、ジュリーを撮れる人は」と口説かれ、プロジェクトに参加、当代一の人気者のオーラを目の当たりにした。

「最初に撮ったのは、モノクロームの新聞広告ですね。上半身裸のスタジオ撮り。僕はポートレートやメンズファッションを撮ってきて、相手の動きに任せきりで撮るんですが、その時もそうでした。彼は『歌いながらやろう』と言って、僕が好きな『時の過ぎゆくままに』や『勝手にしやがれ』を歌ってくれて、撮りました。ライブみたいなもんですよね。観客は石岡さんら数人で、凄く有り難く感じました。売れっ子の自信に満ちていて、僕はファインダー越しに覗いているわけですが、テレビを見てる全国のお茶の間に直接繋がっているような感覚を覚えたんですよ。今、俺のこの興奮はそのままジュリーを見てるお茶の間の興奮じゃないか、そう感じたんです」

シコゴン島、裸で撮影

 杉本英介のコピー「時代の心臓を鳴らすのは誰だ」が躍る全面広告の反響は大きく、続いてポスターとCM撮影がフィリピンの小さな島、シコゴン島で行われた。鋤田は、石岡が沢田を裸にするというコンセプトに力を入れているのを理解した。

「その証拠に、日本人観光客が来ないところを選んでやったんです。普通の飛行機が飛んでいなくて、第二次大戦時代の座席がない飛行機をチャーターして島に乗り込みました。この時はマネージャーではなく、加瀬さんが来てましたね。二人は凄く仲がよかった。夕方から水辺のところでジュリーが裸になったんですが、石岡さんもスタイリストもみな裸なんです。ジュリーはスターと言っても別格でしたから、ディレクターに力と熱意がなきゃ、浮かばれません。今でも覚えてるのは、食事の時に、彼の魚の食べ方があんまり上手で驚いたことです。食べ終わって、骨だけきれいに残ってるんです」

 キャンペーンは好評だった。翌年発売された『水の皮膚』も、吉田カツのイラストが表紙になった初版はすぐに完売し、ジュリーの写真が表紙の2刷りも売り切れた。鋤田は、そのどちらも手許にないのだと嘆く。

「どの国にもスーパースターはいますが、みな、魅力が違うんですよ。ボウイは飄々とした感じなんですが、ジュリーの場合は何か熱いんです。その違いがあるから面白かったし、撮り甲斐がありました」

 沢田研二主演の映画「太陽を盗んだ男」が公開されたのは、スターが石岡瑛子と鋤田正義というトップクリエイターと出会った秋のこと。長谷川和彦監督作品は日本版「タクシードライバー」とも呼びたい秀作で、それまでのジュリー人気に依拠したものとは一線を画す。減量し、運転免許を取得して臨んだ沢田はアナーキーなテロリストを軽やかに演じて、しらけ世代の心情を鮮やかにスクリーンに刻んだ。79年度の報知映画賞の主演男優賞を受賞。映画の音楽は井上堯之が担当した。

 井上は、長谷川監督から懇願されて作った曲は自分らしさを一切排除したものだと、萩原健一特集の雑誌で語っている。

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source : 週刊文春 2022年5月19日号

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