(ほむらひろし 歌人。1962(昭和37)年、北海道生まれ。90年に歌集『シンジケート』でデビュー。2008年『短歌の友人』で伊藤整文学賞、17年『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、18年『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。近著に『彗星交叉点』がある他、著書多数。)

 

 神奈川県相模原市にいた10歳までは、友達とも堂々と喋り、ギャグも言うような子どもでした。近くの森や池でカブトムシ採りやザリガニ釣りに夢中になり、空き地では野球やドッジボールをやって。

 この頃住んでいたのは、四畳半と六畳の二間しかない平屋。社宅で家賃は360円だったそうです。うちは簡素で貧乏でしたが、部屋には僕が無理を言って買ってもらったピアノがありました。本当に不思議なことに、音楽教室に10年も通ったのに、僕は全然弾けるようにならなくて。

 歌人、そしてエッセイの名手でもある穂村弘さんは、1962年に北海道札幌市で生まれた。炭鉱技師として夕張炭鉱で働いていた父親と専業主婦の母親のもとに育ったひとりっ子。
 2歳の時、父親が建設会社に転職したのに伴い相模原市に移り住み、10歳の時には横浜市瀬谷区に引っ越した。

 この引っ越しをきっかけに僕の性格は変わってしまいました。原因はカルチャーショック。転校先の小学校で友達とジャンケンをしたとき、僕が「ジッケンエス!」と大声で言うと周りが凍りついたんです。その学校でのジャンケンの掛け声は「ジスコッピ!」。こんな違い、誰も予想できないでしょ?

 でもこういうときの子どもは容赦ない。あの異様な空気は衝撃がめちゃくちゃ大きくて。以来、僕は遊びでは先陣を切らなくなり、まず様子を見るようになってしまいました。

引っ越し・転校は父の転勤の都合だと思っていたが、実は……

 約10年前、かつて住んでいた辺りを父と一緒に見に行こうと思い立ち、瀬谷を訪ねたんです。「あのときは転校が嫌だったけれど、お父さんが転勤したから仕方なかった」と話すと、「俺は転勤なんかしていないぞ」と父が急に言ってきて。それならなぜ引っ越したのかと聞くと、僕は子どもの頃から目が悪く、それを心配した母が占い師に相談したらしいんです。すると占い師が「この方角に引っ越しなさい」と言ったらしい。そんなことを言う占い師も占い師だけど、真に受けた母もねぇ。子どもにとって転校は大事件で、人格形成にも影響すると思うんだけど……。しかも父はこのとき一軒家を購入しました。小さな二階建ての建売住宅です。しかしそうまでして引っ越してきた家に、家族が住んだのはたった8カ月。今度は父が本当に転勤になり、名古屋へ引っ越しました。方角はどうなるんだって話ですよね(笑)。

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source : 週刊文春 2023年5月25日号