「いまだ成らず 羽生善治の譜」鈴木忠平|第6回

 

鈴木 忠平
エンタメ スポーツ

 先達の研鑽が築き上げた将棋400年の世界は、AIの登場で大きく揺れていた。対局も棋士の在り方も――。

写真 弦巻勝

2022年11月22日 王将戦 挑戦者決定リーグ戦 東京・千駄ケ谷

 羽生善治にカメラのレンズが向けられていた。この日の場合、それはスポットライトを意味していた。羽生は第72期王将戦の挑戦者を決める対局を制した。いつにも増してメディアとその向こうに広がる世の視線が羽生に注がれていたのは、新たに棋界のトップに立った20歳の五冠王、藤井聡太との初めてのタイトル戦がこの勝利によって実現することになったからであった。

「対戦しないと分からないところも多々あると思うので、それはシリーズが始まって体感していくんじゃないかなと思います。まずは自分自身の気力を充実させて臨むということに尽きるのではないでしょうか」

 終局直後の取材で藤井との決戦について問われた棋界の第一人者は幾分、力を込めてそう言った。

 羽生はこの年の2月に順位戦A級から陥落した。彼の時代は終わったのではないか――多くの者がそう考えた中で、まるで時の流れに逆らうようにわずか9カ月でタイトル戦の舞台に戻ってきた。名人の渡辺明や王座の永瀬拓矢などトップ棋士が集う王将戦挑戦者決定リーグを6戦全勝で勝ち抜けた。前年度、3割台に落ち込んでいた勝率も7割に迫っていた。羽生に一体、何があったのか――。不屈を体現するようなその姿に世の耳目が引きつけられていた。

 豊島将之は羽生に当たる脚光を敗者として見つめることになった。4勝1敗でこの日の挑戦者決定リーグ最終戦を迎えた。全勝の羽生との直接対決に勝てばプレーオフに持ち込むことができたが、中盤に指した、ミスとも言える一手が響いた。

「ひどいうっかりをしてしまって、そこからもう、だめになりました」

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source : 週刊文春 2023年6月22日号

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