【前回までのあらすじ】事務所の先輩・青山との会話を通して、弁護士の適性とは何なのか、考えを巡らす奏。奏が弁護士を目指したのは、仲の良い年上の従姉妹との悲しい別れが理由だった。一人っ子の奏にとって憧れの人でもあった従姉妹の原明日香は、結婚後まもなく第一子を妊娠。中学二年生だった奏が家に帰ると、母から明日香の陣痛が始まったことを告げられた。

 

 いよいよ生まれる――今度会うときは三人になっていることが不思議だった。昨日までこの世にいなかったのに……。そう考えると、人が生まれるということが、いかに大きな事かと実感が湧く。

 奏は明日香に内緒で出産祝いを用意していた。ミシンでスタイを三枚つくり、慣れない刺繍にも挑戦した。このスタイをしている赤ちゃんを見るのが、楽しみでならなかった。

 だが――。夜の八時過ぎに伯母から電話が入り、母が慌ただしく家を出た。

「明日香ちゃんが、ちょっと具合悪いみたい。多分、大丈夫やと思うねんけど」

 奏も神戸の病院に行きたかったが、留守番を命じられ、布団の中で悶々として過ごした。うとうとしてはハッと目覚める。その繰り返しで朝を迎えた。電話一本寄越さない母が恨めしかった。しかし、その「ない」ことが不吉な予兆となって奏に迫った。

 朝七時過ぎ、帰ってきて無言のまま玄関に立っていた母の顔を見て、奏は全てを悟った。

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source : 週刊文春 2023年12月21日号