政治資金収支報告書の不適切記載をめぐり事務所ぐるみの証拠隠滅が報道され、“ドリル優子”の汚名が定着して今年で10年。身を潜めていた小渕優子氏がまたも頭角をあらわしはじめています。今年1月には茂木派こと「平成研究会」の退会を表明。派閥に大混乱を巻き起こしました。“派閥の姫”に一体何が――。週刊文春の記事で振り返ります。
名門派閥「平成研究会」の“姫”こと小渕優子選対委員長が退会を表明した“ドリル事変”。茂木敏充幹事長を“殿”とする城中は、家臣たちが続々逃げ出し大混乱だ。さらに“大奥”にも異変が。一体何が起きているのか。
茂木派から“総理の息子”と離脱決意 「加藤(勝信)の乱」が始まった!
名門派閥から“姫”が離脱するという衝撃的な出来事から約1カ月。動揺が広がる中、派内きっての能吏として知られた男は、周囲にこう語っていた。
「派閥には出方ってものがある」
小渕優子が“野党誹謗会社”にカネを流し続けていた
11月10日、福島県議選終盤、現職候補者の事務所内で応援演説をする小渕優子選対委員長(50)の姿があった。さぞかし奮闘していると思いきや……。
茂木派幹部が「最悪の老害に利用されて…」森喜朗に媚びまくる小渕優子は“真空お嬢様”|岸田政権の急所を撃つ
昨年8月3日夜6時過ぎ、小渕優子の姿は虎ノ門の「ホテルオークラ東京」にあった。首相の岸田文雄も参加する会食のため、170センチ近い長身の優子が颯爽と向かったのは、高級日本料理店「山里」だ。
かつて、国会議事堂から西側へ坂を200メートルほど下った先に11階建てのビルが佇んでいた。竹下登元首相ら、経世会の大物政治家が事務所を構えた「秀和永田町TBRビル」。政官財の来客が途切れることなく、“権力の館”と呼ばれたほどだった。
9月13日の党役員人事で、選挙対策委員長に就任した小渕優子氏。その直後、関係政治団体に不透明な政治資金処理があったことを「週刊文春」が報じると、翌14日には「法にまったく反することではない」と弁明しました。雌伏の9年間を経てなお、"政治とカネ"をめぐる疑惑が絶えない小渕氏。新たに発覚した合計2600万の還流疑惑と、今後の政治生命について、取材した記者が解説します。
選対委員長に就任することになった小渕優子氏。あの“ドリル事件”から実に9年ぶりの要職での起用だ。復権を遂げた彼女だが、果たして政治資金はクリーンなものになっているのか。総力取材で徹底調査したところ――。
噂に敏感な永田町スズメを騒がせているのが、自民党の小渕優子組織運動本部長(49)だ。4月11日には自民党の「出産費用等の負担軽減を進める議員連盟」の会長として岸田文雄首相と面会、提言書を手渡した上、「この議連は岸田総理が会長を務めていた。引き継ぐ形で、メンバーと力を合わせている」と述べ首相との関係を強調した。
「小渕優子を守る会」結成も 竹下亘氏逝去で跡目争い混沌
自民党竹下派(平成研究会)を率いる竹下亘・元総務会長が9月17日、74歳で亡くなった。総裁選告示日だったが、同派は事実上の自主投票を決定済み。竹下氏は一昨年に食道がんを公表、今期限りでの引退を宣言し、闘病していた。
source : 週刊文春