【前回までのあらすじ】「俺は何でこんなもん書いてるんやろ」。天童は思いつくままキーボードを叩き続ける。何で瀬尾の言うことを聞けなかったのか。瀬尾への感謝。瀬尾と、弁護士だった父親のこと。弁護士であるのこと。中学の教室で二人だけが笑っていた。覚えていることも同じだった。高校生の時に鴨川で会った。彼女を連れていた。奏にどう思われた――。

 

 よう考えたら、あれがなかったら久代さんともっとちゃんとした友だちになれてたかもしれんな。お互い東京の大学に通ってたんやし。次に会うたんが、単独ライブの取材のときやから、十二年も空白があったってことか。弁護士事務所にメール送るときは、緊張したなぁ。なかなか送信ボタンが押せんかった。

 自分が思ってたよりも遥かに立派になってて、超エリートやったな。大企業相手にニュースになるような仕事してたもんな。M&Aの話、さっぱり分からんかったもん。ただ弁護士ってかっこええなぁって思って、父親のこと想像してみたりした。久代さんとは全然違うやろけど。

 ライブには行けない、と事前に聞いてたけど、舞台に上がってからもチラチラ客席見て探してしまった。「たわしとコロッケとM&A」を最後に持ってきたんは、トリにできるほどネタの完成度が高かったことと、久代さんが間に合うかもしれんっていう淡い期待があったから。あのネタは合作みたいなもんやし、多分、こんなこと一生に一回しかない。舞台って、その場におらな味わえん演者と観客の呼吸がある。それって一回性のもんやから、どうしても来てほしかった。同じ空間で笑ってほしかった。ほんでパンフも読んでほしかった。

 一昨日、お母さんから瀬尾さんと父親の関係を聞いた後に、久代さんからLINEが届いた。「何か必要なものがあれば言ってね」って。とっさに「弁護士資格」って返したけど、まぁ単なるボケやと思うわな。「諦めて」って百点の答えが返ってきたわ。

 久代さん、学生のとき、大学に馴染めんかったからピアノ弾いてたって言ってたな。東京にいて、時間もあったはずやのに、電話一本、メール一通が遠かった。ちょっと悔しいな。もっと近しかったら、今回のことも相談できたかな?

 久代さんと話してると、ふと瀬尾さんを思い出すことがある。何となくやけど、あの二人って似てるねんな。世間との距離感とか、自分の律し方とか。

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source : 週刊文春 2024年6月27日号