「荒木郁也」というプロ野球選手の名を聞いて、パッと顔が思い浮かぶ人はきっと少ないのだろう。阪神ファンが大半を占める甲子園、鳴尾浜界隈で知ってる人はいても、全国的にはおそらく……。
2010年のドラフト5位で明治大学から入団。1位は今季、トレード移籍した西武で11勝を挙げる活躍をした榎田大樹で、ヤンキース・田中将大、巨人・坂本勇人らと同世代の30歳だ。プロ8年間で通算161試合の出場で、今季は1軍昇格なしに終わった。語弊を恐れず言えば、オフに戦力外通告を受けてもおかしくなかった。
現実に、本人もシーズン途中から「転職雑誌を読み始めましたよ」と、冗談半分ながらも覚悟を決めていたように見えた。そんな崖っぷちの男が、クビをつないだどころか11月1日から始まった若手主体の秋季キャンプメンバーに最年長で選出されたことに驚いた。
「数字以上の荒木の必要性ってのを感じた」
高知行きの航空機に乗り込む前。みやざきフェニックスリーグに参加し真っ黒に日焼けした顔で伊丹空港に現れると「来ちゃいました……。内野の人数合わせでしょうけどね」と、苦笑いを浮かべていた。
失礼ながら僕も、キャンプ参加には驚いた1人で、本人の「人数合わせ」の言葉に対し「いやいや、そんなことないよ」とやんわりと否定することしかできなかった。糸原健斗、植田海、熊谷敬宥らフレッシュな内野手の面々の中で渋い光を放つ背番号58。そんなことを思いながら高知へ向かうと、キャンプ中の矢野燿大監督の言葉を聞いて納得できた。
キャンプ3日目のシートノックで本職の内野でなく、外野を守ったことについて番記者から問われた指揮官は言った。「オプション? そうそう。1軍行くチャンスはなかってんけど、荒木も今年、2軍でめっちゃ頑張っててん。すごく仕事をしてくれるのよ。だから、ファーム(2軍監督)をやっていて、数字以上の荒木の必要性ってのを感じた。外野もいけますよってなった時にこっちもすごく助かるし、荒木もプラスになるから」。今季、2軍公式戦83試合で記録した打率.226、0本塁打、12打点、13盗塁という数字には決して表れない価値。内外野をこなすユーティリティー選手として、献身的にチームに貢献してきたことが、指揮官の言葉からはうかがえた。
1軍の登録メンバー28人の中で、守備固めと代走要員は必要不可欠。チームでもトップクラスの俊足を誇り、複数ポジションを守れる荒木は、いわば“一人二役”をこなせる能力を有する貴重な存在だ。矢野監督が高く評価する部分もそこにあると思う。
もちろん、当の本人は「便利屋」で終わるつもりは毛頭ない。外野についても「守れるに越したことはないですけど、それで良いとは全く思っていない」と、普段は多くを語らない男は内野への強いこだわりを口にした。