そこは不思議な空間だった。
ギャラリーの壁面に大きな写真作品がいくつも掛かっている。それ自体はよくある光景なのだけど、すべての画面の中心部にろくにものが写っておらず、「虚ろ」なのである。
これら空虚な作品群による展示が観られるのは東京・六本木のギャラリー、シュウゴアーツ。小野祐次「Vice Versa−Les Tableaux 逆も真なり−絵画頌」を開催中だ。
光を通して巨匠たちと交歓する
会場に展開されているのは、1995年から制作が継続されている「タブロー」シリーズ。写真を用いて作品をつくる小野は、ここで被写体を絵画へと定めている。ルネサンスから印象派まで、数百年にわたって黄金期を築いた西洋絵画が対象である。小野はそれらをありきたりに撮るのではなく、展示室に落ちる自然光を利用して、できるかぎり作者たる画家と同じ条件下に身を置き撮影しようとした。
すると絵画の画面は降り注ぐ光に満たされ、代わりに、描かれていたイメージのほうはほとんど見えなくなってしまう。周辺の額装だけがやたらと目立ち、中心部分にはイメージがほとんど存在しない、不思議な作品の完成である。
光がなければものは何ひとつ目に見えないのだけれど、光が満ちる場所でもまた、もののかたちはあっさり消え去ってしまう。光のちょっとした加減に翻弄されながら、わたしたちは生きているのだと気づかされる。
または、こうも考えられる。光をうまく操作することによって、小野はひと飛びに時を超え、レンブラントやフェルメール、モネら美術史に名を残す画家たちと、作品内でアーティスト同士の交歓を果たしているのではないか。