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2019/01/31

意味の束縛から徹底的に自由な「歌詞」

 次の要素は「歌詞」である。桑田佳祐が生み出した作詞術もまた、1つの発明と言って差し支えのないものだった。先に挙げた日本語と英語の混合に加えて、方言や古語、造語の導入や、リズム優先の言葉遣いなど。何よりも、意味の束縛から徹底的に自由な歌詞を普及させたことが大きい。究極のフレーズは『マンピーのG★SPOT』(95年)の2番にある「♪芥川龍之介がスライを聴いて“お歌が上手”とほざいたと言う」だろう。

©getty

 先の「歌い方」は、Jポップ・ボーカリストの標準装備となったが、この「歌詞」については、Jポップの歌詞の多くが、未だ平凡な恋愛話や薄っぺらい人生訓で埋め尽くされている中、桑田佳祐が現在でも先頭を走っている状態である。この点については、桑田佳祐の偉大さは言うまでもないが、若い音楽家・作詞家の程度の低さも嘆くべきだと思う。

抜群の演奏能力とキャッチーなメロディ作り

 最後の要素は「音楽性」である。初期で言えば、例えば、『思い過ごしも恋のうち』(79年)などで聴かせた、抜群の演奏能力(特に松田弘のドラムス)や、『TO YOU』(80年)で聴かせたメジャーセブンスやディミニッシュなどの複雑なコードの導入。そして何より『いとしのエリー』(79年)に代表される、やたらとキャッチーなメロディ作りなど。

 

 演奏能力については、デジタル(打ち込み)全盛の現代とは比較しにくいが、複雑なコードやキャッチーなメロディ作りなどに代表される、若き桑田佳祐のキレキレの作曲能力は、現代のJポップの音楽家・作曲家にも、まったく引けを取らないと思う。

 以上をまとめると、サザン/桑田佳祐は、現代のJポップにつながる「歌い方」「歌詞」「音楽性」を発明したのであり、その意味で、Jポップ市場の開拓者だった。だからこそ、40年間トップで居続けるという先行者利益を享受して当然だったということになる。