ドルガバが起こした炎上の本質
おぐら いまに始まった話ではなく、いつの時代もブランドは常にそういう矛盾を抱えていますね。ブランドが理想として思い描く買ってほしい人たちと、実際に買い支えている人たちは違うっていう。都築響一さんの著書に『着倒れ方丈記』という、ドルチェ&ガッバーナをはじめ、グッチやエルメス、ギャルソンやマルタン・マンジェラのコレクターたちに取材した本があるんですけど。
速水 コレクターといっても、都築さんのことだから、海外のセレブではなく、日本の一般的な若者たちでしょ?
おぐら そうです。六畳一間とかの狭いアパートに、高級ブランドがいっぱいあって。生活レベルとはかけ離れた買い物をしてる人たちを取材した本です。もともとは雑誌「流行通信」で連載していたんですが、ブランド側から文句を言われたり、書面で抗議を受けたこともあると。それで本のまえがきには〈ふつう、ものを作って売る人たちは、買ってくれる人をいちばん大切にする。(略)でもファッション・ビジネスだけは、どうもちがうらしい。自分の作ったものを買ってくれる人、顧客を恥ずかしがり、軽蔑し、自分たちが作る幻想の世界を大切にしようとする。〉と書かれています。
速水 まさに今回のドルガバが起こした炎上の本質だ。
おぐら ドルガバに限らず、たとえばニューヨークのストリートブランドのシュプリームも、本来はスケーターに向けたブランドのはずが、実際はアジア系の小金持ちや日本人のおじさんがよく着ていて、そのことを良くは思ってないはず。そして、そのシュプリームとルイ・ヴィトンがコラボしたコレクションがあるんですが、なかでも超高額のトランクをヒカキンが買ってYouTubeにアップしています。トランク2つ買って総額は1400万円。
速水 いまは日本人の金持ちの象徴がYouTuberなんだ。ちなみに「Supreme」のロゴって、現代版の「Mr.JUNKO」になっているでしょ。あとルイ・ヴィトンがどういう趣旨でバッドテイストに向かっているのかは、気になるよね。
おぐら つい最近も、兵庫県にある土木工事請負会社の元取締役の女性が、横領した2億円でルイ・ヴィトンを爆買いっていう報道がありましたね。
速水 横領マネーで建てたと言われるミッキーハウスが大公開された事件だ。ディズニーとヴィトンっていうのが並んでいるセンスがこの事件の絶妙さだったよね。もはやハイファッション全般が、値段的にもセンス的にも常人には手が出せない感じで、むしろ一般人に理解されたら負けみたいなゲームになっている。
おぐら グッチと「GQ」が共同でつくっているショートフィルムをチェックしているのですが、最新作も頭の真ん中だけを刈り上げているヘアスタイルでブッ飛んでました。
速水 ちなみに、グッチの動物や植物のモチーフは「トーテミズム」と呼ばれていて、もともとは「自分の属する家や集団を、ほかから識別するため」に用いられてたらしい。こういった人類学や哲学にまで話が及ぶと、もはや高度に揶揄してるんじゃないかって気もするけど。
〈そのため、人類は旧石器時代からすでに、人間集団を互いに区別するために、動植物のしめす差異を利用してきた。これが人類学で有名な「トーテミズム」である。トーテミズムでは、ある集団はインコ、別の集団は大ワシ、あるいは熊や虎などと呼ばれて、自分をほかの集団から区別した。〉(中沢新一が読み解く、アレッサンドロ・ミケーレの哲学的ファッション)