2018年下半期(7月~12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ライフ部門の第5位は、こちら!(初公開日 2018年11月21日)。

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 漫画『ドラゴン桜』の主人公・桜木建二さんが「小学校・中学校受験は子どもの将来を不幸にする」と直言しているというので、記事を拝読してみた。

 ●【直言】小学校・中学校受験は子どもの将来を不幸にする
 https://newspicks.com/news/3443663/body/

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 小学校・中学校受験について書かれているのは最初だけ。後半3/4の内容は育児書によくある話で、大筋異論はない。小学校受験について私は疎いので、論じない。しかし中学受験の是非については、考察が不十分な部分が見られた。

©iStock.com

中学受験で子どもが不幸になる?

 桜木さんは「小学校受験と中学校受験は、子どもの将来を楽にはしない。むしろ、不幸にする可能性が大きい」と断言する。その根拠に、偉大なる発達心理学者ジャン・ピアジェ(1896-1980)が1936年に発表した「思考の発達段階」の理論を挙げる。0〜2歳を「感覚運動期」、2〜7歳を「前操作期」、7〜11歳を「具体的操作期」、11歳〜成人を「形式的操作期」と呼んで区別する考え方だ。

 桜木さんの説明をそのまま借りれば、「具体的操作期(論理的思考段階)」とは「自分が具体的に理解できる範囲のものに関して、論理的に思考したり推理したりが可能」な時期だ。それに対して、「形式的操作期(抽象的思考段階)」とは「抽象概念や知識がわかり始める。例えば、『生きる』『幸せ』などがわかり始める。算数から数学になり、xやyなど抽象的な数式も扱える」時期。その通りだ。

 そのうえで桜木さんは、次のように論理を展開する。

(1)中学入試問題を小学生にやらせることは発達心理学の観点から無理がある
 ↓
(2)子どもに苦手意識を与え、自信を奪い、勉強嫌いになる可能性が高い
 ↓
(3)中学校受験は失うものが多い

発達心理学的に中学入試は無謀なのか?

 桜木さんは記事の中で、具体的操作期から形式的操作期への移行を「12歳」(日本語版Wikipediaにはたしかに「12歳」とあるが英語版では「11歳」となっている)とし、形式的操作を求める中学入試問題は小学生には早すぎるという。

NewsPicksに掲載されたドラゴン桜、桜木さんの記事「【直言】小学校・中学校受験は子どもの将来を不幸にする」。

 しかし、中学入試の算数が、抽象的なxやyを使った「方程式」を使わずとも「つるかめ算」で答えにたどり着けるようにしてあるのは、まだ具体的操作のほうが得意な小学生でも解けるようにという配慮にほかならない。理科の入試問題に、化学式のような抽象的なものが出てくるわけでもない。

 基本的に中学入試問題は、子どもらしく試行錯誤する力を試しているのであって、形式的操作期を先取りした思考力を試しているのではない。桜木さんはその点を誤解しているのではないだろうか。

 そもそもピアジェの理論は教育関係者には常識で、小学校の学習指導要領はもちろん、塾の教材もそれを意識してつくられている。一般的には、具体的操作期から形式的操作期への移行は「11歳ごろ」と解釈されており、小学校高学年で割合や確率の概念を扱うのもそれに符合する。

 たしかに形式的操作期に移行している子供のほうが有利な面は多いので、ゆっくり発達する子は無理して中学受験勉強をしなくていいと私も思う。だが、11歳ですでに形式的操作期に移行している多くの子どもたちが中学受験で十分に力を発揮するのは、不自然なことではない。