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何本もの名作が撮影された京都・松竹のセット

橋爪 お父さんの山下耕作監督とは、残念ながらお目にかかったことはありませんが、亡くなられたお兄さんは、東映でずいぶん長くお仕事をされていたから、僕は何本もご一緒させていただきました。

 同じ京都でも東映と松竹って、まったく違うんですよ。今回、オープンセットは松竹を使ったんですけれど、過去に何本もの名作がそこで撮影されたとは思えないくらい、狭い場所です。けれど、そこには橋が堀に対して斜めにかかっていて、こちら側から撮れば向こう側に何があるのか想像が掻き立てられるし、カメラの位置次第でその橋をいかようにも映すことができる。長屋なんかも含めた建物自体があちこち移動できるようになっているから、僕が見ていて、松竹で撮影したものだとわかっていながら、「あれ? どこで撮ったんだろう」って思うことがあるほどです。

 このセットの素晴らしい設計は、やはり西岡善信さん(大映京都で市川崑らの名作に関わり、のちに映像京都を設立して美術監督、プロデューサーとして活躍)の功績が大きいんでしょうね。どこを切り取っても時代劇になるので、山下監督も楽しそうに撮っていました。

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昼間でも闇を作れるフィルム製作の確かな技術

 時代劇というのは、闇も人為的に作れるんです。現代劇の闇というのは物理的なものですけど、時代劇の場合、ちょっと横顔を見せたい時には、後ろを真っ暗にすることもできます。焦点深度が「深い」「浅い」という言葉を、一般の方でも耳にしたことはあると思いますけど、後ろをぼかしたかったらいくらでもぼかせたし、昼間でも夜間のシーンを作ることができるような、フィルム製作の確かな技術が昔はあった。8Kとかカメラはどんどん発達していますけど、機械が進んじゃったばっかりに、映らなくていいものまで映るようになっちゃった。それはそれで大変です。

 今回はライトマンも、僕のよく知っている方で、結構、凝ったことをやっていましたよ。時代劇は照明によって、心情描写はもちろんですけど、画作りでも遊べる。映画監督にとって、そんな風に何でも出来ちゃうっていうのは、いいおもちゃを与えられたみたいなものなんでしょうね。とにかく飛躍と省略ができるのが時代劇で、極端なことをいえば手前に何を置くかで、さまざまな表現ができる。だからこそ手練れの監督さんは、「エッ?」と驚くようなアングルで撮影します。山下監督はロケ撮影でも大いに張り切っていたし、実景などもふくめた良い画がたくさん撮れているはずです。

撮影所は、人間が育つ場所

 僕は昔からスタッフの仕事に興味があって、東映にも松竹にもたくさん友人がいますが、ライトマンも3人いれば3人とも自分の腕の見せどころが違う。女優さんを最大限きれいにみせるため、とにかく明るく照明をあてるのがいるんですが、僕の場面でも明るくするから、「なんや、あんた。こら、わしは女優とちゃうで!」と言ったら、「あかんねん。わしらもう癖やねん」なんていう会話もありました(笑)。一方で黒と白のコントラストを得意とする方もいますし、俳優は色んな技師と仕事をすることで複数の視点から勉強ができます。テレビドラマはロケでも撮れるものですけど、撮影所というのはまた別で、人間が育つ場所。カメラや照明、美術、結髪にしても、錚々たる技師さんたちがいて、それを見て若手が育っていく。本当に撮影所がなくなったらおしまいだ、と僕はいつも言っています。

『闇の歯車』はテレビ放送だけでなく、映画館でも上映されると聞きました。撮影所の技術を結集して作られた映像は、大きなスクリーンでも十分に通用するでしょうね。個性的な登場人物の奏でる異なる音色も、監督の計算によって、時代劇としてのリズムが心地よいものになっていると思います。最大の見どころは……瑛太さんの格好よさ、ですかね(笑)。

©2019「闇の歯車」製作委員会 写真:江森康之

はしづめいさお 一九四一年、大阪府生まれ。都立青山高を卒業後、文学座を経て劇団「雲」に入団。七五年演劇集団「円」設立に参加。映画、テレビ「京都迷宮案内」「新・赤かぶ検事奮戦記」、ナレーション「剣客商売」など幅広く活躍。

『闇の歯車』は2月9日(土)夜8時時代劇専門チャンネルにてテレビ初放送。それに先駆けて1月19日(土)より丸の内TOEIほか全国五大都市を中心に期間限定上映を実施。