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「透明人間」から「目障りな存在」に? アメリカにおけるアジア系の今

「文化」は愛されても「人」は愛されているのか

2019/03/21

 「アジア全域で中国語が話されている」「日本は中国の一部」と思い込んでいる人もいる。これはラティーノ(中南米諸国出身者)のほとんどがスペイン語を話すことに基づく勘違いだ。私も同僚から「あなた日本人でしょ? 旧正月はチャイナタウンに出掛けるの?」と聞かれたことがある。その同僚もカリブ海のドミニカからの移民であり、似た国名のドミニカ共和国出身者とよく混同されていたのだが、アジアの事情には疎かった。

ニューヨーク市での旧正月のお祝い ©iStock.com

出自を聞かれたときの“マイルール”

 こうした体験を重ねるうちに、日本で暮らしていた時よりも日本人としての自覚がはるかに強まっていった。だが、それをどう表すかについてのルールも自然と出来上がっていった。

 キャットコーリングも含め、二度と会わない他人から「チャイナ」「コリア」など他の国名で呼ばれてもいちいち訂正しない。面倒なだけで意味がないからだ。

 同僚など付き合いが続く相手であれば、相手から出自を聞かれた場合のみ「日本人です」と説明する。ただし、相手が特に日本に関心を持つ人である場合を除き、日本文化の詳細などを説明することはしない。上記の同僚のセリフで分かるように、アメリカ、なかでもニューヨークは際立った多民族社会ゆえに、逆に他者の文化に対する関心が薄いからだ。事実、私を中国人だと思った女性に対し、私の夫が「妻は日本人です」と訂正すると、「あら、そうなの? Whatever.」と返されたことがある。「Whatever = どうでもいい」である。

 いくら他者の文化への関心が薄いからと言って、先の女性のように面と向かって「whatever」などと言うのは無礼の極みだが、前述のように第三者が民族性を見分けることは難しい。かつアメリカでは「白人」「黒人」「ラティーノ」「アジア系」「ネイティブ・アメリカン」など、人種*による区分が定着している。様々な民族を内包する人種グループだが、大枠では社会的な立ち位置を共有するからだ。

*ラティーノはスペイン語話者という文化的な括りだが、人種グループのように扱われる

中国にルーツがある人々の物語に、全米のアジア系が熱狂した理由

 アジア系に限らず、アメリカ在住者の複雑なアイデンティティの構造がここにある。多くの人が、例えば黒人であればアフリカン・アメリカン(奴隷の末裔)、ジャマイカ系、セネガル系(共に移民か、その子孫)など、ラティーノであればメキシコ系、プエルトリコ系など、白人であってもイタリア系、ポーランド系など、出自に基づく強いアイデンティティを持つ。同時に人種意識も強い。出自や民族と人種、どちらのアイデンティティがより強く出るか、それは場面によるのである。

 昨年、アメリカで大ヒットした映画『クレイジー・リッチ!』の原題が『Crazy Rich Asians』と「Asians(アジア人)」という単語を打ち出しているのも、これが理由だ。登場人物は中国系アメリカ人と、シンガポールおよび世界中に散らばって暮らす華人たち。厳密に言えば中国にルーツがある人々の物語であるにもかかわらず、この『Crazy Rich Asians』に全米のアジア系が熱狂した。

『Crazy Rich Asians』予告編
 

 これまでアメリカでは影の薄かったアジア系が実は頭がおかしくなるほどの大富豪で、お金を湯水のように使ってゴージャスなライフスタイルを満喫しまくっている。まさにアジア系の逆襲の物語として捉えられたのだ。