長嶋有(ながしま・ゆう)
1972年生まれ。2001年、「サイドカーに犬」で文學界新人賞を受賞し、小説家デビュー。同作で芥川賞候補となる。02年、「猛スピードで母は」で芥川賞受賞。07年、『夕子ちゃんの近道』で大江健三郎賞受賞。16年、『三の隣は五号室』で谷崎潤一郎賞受賞。『タンノイのエジンバラ』『パラレル』『泣かない女はいない』『ジャージの二人』『佐渡の三人』『問いのない答え』『愛のようだ』『フキンシンちゃん』など著書多数。
『三の隣は五号室』の舞台となった部屋の間取りは、実際に住んでいた田園都市線のアパートと同じ。
――昨年は『三の隣は五号室』(2016年中央公論新社刊)での谷崎潤一郎賞受賞おめでとうございます。デビューして15周年とあわせておめでたいですね。
長嶋 ありがとうございます。なんか、谷崎潤一郎に象徴されるような文豪的な活動を僕はしていないし、慣れないですね。……でも表面でそう思っただけで、本当は「ヤッター」みたいな感じです(笑)。
――これは同じアパートの一室を舞台に、約50年の間にそこに住んださまざまな人の生活が断片的に描かれていくという内容。間取り図も載っていますが、ちょっと変わった2Kですよね。このアパートはモデルがあるのですか。
長嶋 自分が住んだことのある場所を複合させているんですが、間取りに関しては本当にある時期過ごした、田園都市線の藤が丘というとこにある木造モルタルのアパートと同じです。僕は2年くらい住んだのかな。ISDN回線が急にADSLになった頃なので2000年頃ですね。そういう憶え方をしているのは、工事の人に来てもらったのを憶えているから。そこの間取りが変だったので、2003年か4年か5年頃に小説にしようと思い、そのときは「群像」の人と建物を見に行ったんですよ。不動産屋に行って、いかにもこの辺で探しているというテイで間取りのコピーをもらいました。そうやって取材して、間取りは把握したんだけども、10年後に連載した時、1棟2階建て6室なのに、2階の5号室が角部屋ではないことになっている、という、辻褄があわないことになってしまった(笑)。
――通常それだと2階の角部屋が5号室になりますよね。
長嶋 連載の3回目で気づいてね。お叱りの投書が来る前になんとかしなきゃいけないという甚だ文学的ではない悩みで(笑)。
──(笑)。
長嶋 それで次の連載の本文中に「賢明なる読者諸兄はすでにお気づきだと思うが……」という文章を入れて、最初から気付いてましたよ的なね。それで部屋番号の謎を探るシークエンスを入れてうやむやにしたんですよ。
――あはは。一つの部屋を舞台に長い時間を書くという内容は、長嶋作品によくみられる定点観測の視点を持った設定ですよね。しかも時系列でこの時期にはこういう人が住んで、次の時期にはこんな人が住んで……と語られていくのではなく、テーマごとにいろんな時代の住人たちの断片が描かれていくという構成がとても面白かったです。
長嶋 他のインタビューでも答えちゃったんですけど、この小説、一回頓挫しているんです。最初、「群像」に書こうとして、普通に時系列で100枚くらい書いたところで自分には珍しく、ボツにしたんですよ。それはまさに時間の流れにそって定点観測を1人目の住人の一平から二瓶さん、三輪さん、四元さんというふうに順番にやろうとしたものでした。正確に言うと最初に書いたのは十畑さんのところなんですけれど。
――十畑さんは10人目の住人。
長嶋 十畑さんが引っ越してきて、初日に何を思って、こんなふうに暮らし始めて、こんなふうに家具を配置して、こんなふうに出勤して、夜はどっちの部屋に布団を敷いて寝て、そしてこんな出来事があって、こんな理由で部屋を出ていきました、なんてことを延々と書きました。次は11人目、その次は12人目を書いて、それぞれ部屋に来た時に変な間取りだなと思い、その人なりの部屋の使い方をして……というのを書いていこうとしたんです。10人目の十畑さんから始めたのは、七並べの7から始めるような感覚で、後の住人のことをある程度書いた後で先の住人のことを書こうと考えていたんです。それで、読んでいる人は、3人目4人目の章のあたりから「これはただの短篇集じゃないぞ」と思うだろう、と。でもそうすると、何人目かまでは、ただの短篇なんですよ。事実の列挙ばかりで書いていても気持ちが乗らないし、読むほうも退屈だろうな、と。だいたい3人目くらいまでいかないと面白さが発生しないのに、2人目を書いて100枚いっていたあたりで頓挫してしまった。