居酒屋風、パチンコ屋風……授賞式で「長嶋有」販促幟(のぼり)が立ったその訳とは?
――他の作品を読んでいても思うんですが、長嶋さんは群像劇というか、登場人物をたくさん出すのがお好きですか。
長嶋 最近の自分内トレンドなのかなあ。
――最近でしょうか。『泣かない女はいない』(05年刊/のち河出文庫)や『夕子ちゃんの近道』(06年刊/のち講談社文庫)の時も登場人物が多かったですよ。まあ、その後『ねたあとに』(09年刊/のち朝日文庫)や『問いのない答え』(13年刊/のち文春文庫)では相当人数が増えますけれど。
長嶋 そうか、昔から多いのか。確かに『問いのない答え』は多いんですよね。あれはTwitterで人と人がフォローするされるという話なので、5人10人だけじゃしょうがないからね。
登場人物が多いといっても、『三の隣は五号室』に限っていうと短篇を10個書くのと同じ手間だから、大勢いて大変だぞっていうことはなかった。みんな交流せずに独りぼっちだから。まあ、それだと単調になっちゃうんですけどね。人が2、3人いるとやりとりが書けるから生き生きとさせやすいわけよ。でも今回は一人暮らしの人が多いから。大勢の人が出てくるわりに“ひとりの小説”じゃない? それをどう書くか。まあ、生き生きしなかったけど。
――そこがいいんですよ。そうか、確かに何も起きない生活を、これほどまでにバリエーションもたせて書くのは大変ですよね。長嶋さんならそれができると思ってしまうんですけれど。
長嶋 連載は10話で終わりにしたけど、書いている間、まだまだ倍は書けるなと思っていたの。結局、「風呂トイレ別」のことも書けなかったし、東向きのこととか、書ける設定はまだあったんだけれども。なんか書いている間は、面倒くさいから早くやめたいと思っちゃうんですよ。書いている時の偽らざる気分は、「もう早くやめたい」。
――全10話のなか、第9話は“メドレー”になっていますよね。いろんなテーマで、いろんな人が顔を出す。
長嶋 そうなんです。“メドレー”って本来小説で使う言葉じゃないし、ヒット曲がたくさんある歌手しか使えない言葉なのに(笑)。毎回13人全員分、間取りのことやシンクのことを書くという当初の着想の名残です。それをせずに1テーマ4、5人と絞った時点で語りそびれるシンクのことや間取りのことや雨のことや停電のことが出てきてしまった。その語りそびれの落穂ひろいをやろうとしたのが9話です。でもそれも、雑誌掲載の時は3人分書けなかったんですよ、時間がなくて。それで雑誌には「二瓶なんたらにもアリー・ダヴァーズタにも心膨らむような出来事があったが、紙幅が尽きた」「読者諸兄におかれては単行本の加筆を待たれたい」と、偉そうに書いて。
──(笑)。
長嶋 3話の後で「賢明なる読者諸兄におかれては」みたいな悪ノリをしたからできたことなんだけれども。でも単行本にする時には面倒になってて、別に加筆しなくてももういいじゃん、みたいな気持ちになってさ。横田さんに「書かないお詫びに特製ステッカーをプレゼントというのはどう?」と言ったら「駄目に決まってるじゃないですか」とにべもなくて「あっ、そう……」となって。
――私も駄目に決まってると思います(笑)。特製グッズといえば、谷崎賞の授賞式の時に幟を作って立てていたそうですね。
長嶋 以前、デイリーポータルZというウェブサイトで面白記事新人賞みたいなのを募集していて、僕はその審査員を打診されて。その時にギャラの支払いについて「請求書を送ってください」って言われたんですよ。僕は「請求書を送ってくれ」という言葉がすごく嫌いで。
――分かります。私もライター業の全作業のなかで一番苦手なのが請求書を書くという作業です。
長嶋 ね、苦手ですよね。で、面倒くさいから物々交換にしようと提案したんです。たまたま作家になって15周年だったので、販促になるような面白いことをしてくれと言ったら、最初「相撲の幟はどうだ」と言われたんですが、調べたらすごく高かったんですよ。それに使いにくいだろうということで、中古車売り場とかドラッグストアとかコンビニエンスストアの前で見かける幟を作るのはどうかという話になって。それで、幟8枚が僕のギャラになったんです。販促用に8種類作ったの。ちょうど『問いのない答え』(2013年刊/のち文春文庫)の文庫が出る時期だったのでそちらも幟を作って、並べたんです。全部、居酒屋風とかパチンコ屋風とか、ひとつずつ趣向を変えて。もうね、字体がよくて「長嶋有」という文字が「比内鶏」に見えるようなやつを(笑)。
──すごいですね。
長嶋 それを中央公論新社の人が面白がって、谷崎賞を受賞した時に「授賞会場の入り口にも幟を置いたらどうか」と言ってきて。中公の人はノリがいい、というかよすぎてね。『三の隣は五号室』の装丁をしてくれた大島依提亜さんとのトークイベントの時なんかくす玉作ってきたし、お前、頑張るのはそこでいいのか、と思いましたよね。まあ、嬉しかったけど。あと谷崎賞受賞記念で重版かかった後の帯があきらかにはしゃぎすぎで。
――あ、私が持っているのは初版なので、重版帯は見ていません。
長嶋 受賞前の帯は知的な落ち着いた感じだったのに、受賞後の帯は紅白になって「断然面白小説」ってあるんですよ。谷崎賞の作品に付く惹句じゃないですよ。まあ、そのくらい僕の谷崎賞というのは珍事だったんですよ。
――長嶋さんは今までも帯で遊んできたじゃないですか。『愛のようだ』(15年リトル・モア刊)であえて「著者初の書き下し。最初で最後の『泣ける』恋愛小説。」などと、普段の長嶋さんだったら絶対書かない文言を入れたり、『佐渡の三人』(12年刊/のち講談社文庫)であえて著者コメントで「脱力してみえますが、実は最高傑作です!」と書いたり。他にも刊行にあわせてピンバッヂを作ったり、単行本のカバーの裏側にスピンオフを載せたりと、遊び心いっぱいですよね。
長嶋 そうだねえ。なんでも意向が通っちゃうのも問題だね(笑)。