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「プリキュア5」の“お当番回”を念頭において構成していった谷崎賞受賞作。

――自分の投影ではない、女性の住人や外国からの住人というのは、どう考えて配置したのですか。

長嶋 まず素直に、70年代に小学生だった自分、90年代前半に大学生だった自分といった都合に合わせた配置が決まりますよね。で、たとえば大学生がいたとしたら、そのアパートからある程度の距離に大学があるはずで、しかも大学はすぐになくなったりしないから、住人のうちに同じ大学に通う人は他にも必ずいたはずだと発想するんです。男子学生を登場させるなら、女子学生はどう暮らしたのかという対比を出したくなる。1人は90年代のちょっと経済的に変な時期に住むから、もう1人はまた違う時代にしよう、とか。他には、オタクとかストーカーとか鬱とかいう言葉が使われるようになる前、ノイローゼという言葉しかなかった時代に、何をしているか分からない人を出そうとか。単身赴任をしている十畑さんは僕がシヤチハタに勤めていた時の上司がモデルです。単身赴任を間近で見ていたからやっぱり書きやすい。それで十畑さんのような、なかなか本社に帰してもらえない不景気な時代の単身赴任ではない単身赴任をする人も対で欲しいなと思い、それで四元さんを登場させました。

 あとは、僕が実際にこの間取りのアパートに住んだ2000~2001年頃、本当にみるみる周りが外国人だらけになっていったのね。だから最後は外国人にしようと。日本人が外国人を取り囲んでいる場合と、こっちが大勢の外国人に取り囲まれている場合と、どちらの立場も必要だな、とも考えました。そんなふうに、同じ場所で、似た境遇だけど差が出る人たちを考えていったんです。でも毎回違うタイプの人が住むのはアトランダムじゃないじゃんとも思って、あえて似た人を連続させたりもしました。そのほうがリアルだから。学生が住んで、家族が住んで、単身赴任者が住んでって、バラエティー豊かに見えちゃうのは避けたかったんですよ。なんて理路整然と説明しちゃうとつまんなくなるね。

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©佐藤亘/文藝春秋

――つまんなくないですよ(笑)。

長嶋 でもそういうのは後付けにも思えるな。それと、自分が生まれる前の時代の学生や老夫婦を書くのには腹をくくりました。自分が読んできたフィクションの中の、いちばん実感のあるものを念頭に置きながら書きました。学生の一平はね、つげ義春の短篇に出てくるような若者。つげさんのことを「ツベさんツベさん」って呼んで「ツベさん、安保って何?」って訊く学生が出てくる短篇があるんですよ。なんていうタイトルか全然憶えていないんだけれども。ノンフィクションとか映像で見る安保の時代の若者って、やたら激しているし、みんなゲバ棒を持っていたような感じがするけれど、「安保って何?」って言っている若者がいるリアリティーを俺は信じる、と思ったんです。

 単身赴任の四元さんも、その時代に僕はそういう年齢じゃないから、リアリティーは想像するしかないわけですよ。それは狩撫麻礼の『ハード&ルーズ』っていう80年代の探偵漫画(作画はかわぐちかいじ)で、あぶく銭で大金を手に入れたハードボイルド探偵が、伊勢丹の地下でロブスターを10匹買う話が念頭にありました。どれだけ食えるのかを前から一回試したかったんだ、っていう。そんな時に学生時代の友達とばったり会っちゃって「ちょっと付き合えよ」みたいに言われて喫茶店に入ってもずっと「ロブスターが」と気にしている。本筋とは関係ないエピソードなんだけれど、高校時代に読んですごくインパクトがあって。それで四元さんがロブスターを料理することになったんです(笑)。なんか、男の一人暮らしの場面で出てくる料理として鮮烈だったんですね。そういう、自分がフィクションの中でグリップを掴んだというか、何か実感したものを書けばなんとかなるんじゃないかと思っていました。

――住人はみんな印象に残る人たちばかりですよね。個性的というほどではないけれども、個性もちゃんとあって。

長嶋 “お当番回”というのを念頭に置いていました。前に編集者のアライユキコさんからアニメの「プリキュア5」の本をご恵贈賜ったので一回アニメを見てみて、“お当番回”という概念を知ったんです。「プリキュア5」はファイブと名のつく通り5人のプリキュアが活躍していますが、毎回等分には活躍できないから、今回はレッド(キュアルージュ)が活躍する回、今回はイエロー(キュアレモネード)が活躍する回、というのがある。この「五号室」も、今回は四元さんがお当番回、といったことを念頭に置いて書いています。

――この小説はプリキュアの影響を受けている、ってことなんですねえ。

長嶋 でも他のインタビュアーに、四元さんの活躍が薄いって言われてね。その通りなんです。全員が色濃いエピソードを持っていたらおかしいから、あえてそうしていた面もある。ただなんとなくいただけの人がいるのがリアルだから。四元さんのように単身赴任している期間って、人生の本筋を生きていない気がするから、彼を薄くしたんだけれど、フィクションとして全体を見た時、確かに四元さんが割を食ったように見えるなあ。

 本当は四谷さんという名前にしようと思ったんです。『めぞん一刻』の4号室に住むのが四谷さんでしょう。あの話も、1号室に一ノ瀬さんで5号室に五代君でしょう。四谷さんは年齢も職業も不明の人だから、この小説でも何をしているか分からない面白い人を4人目に住まわせて四谷さんにしようと思ったんだけれど、いろんな都合で急きょ3人目に火炎瓶を作っていそうな謎の犯罪者を住まわせることにしたので、謎でもなんでもない単身赴任の人が4番目になっちゃって。そこに四谷さんの名前を冠するのはどうかとなって、四元さんにしました。そんなふうに、深遠なことなんて考えない、人形ごっこみたいな設定程度のことをやっていても、なにか50年の大きいことが見えるだろうと。

――そうそう、今回住んだ順番に名前に数字が入っているので分かりやすかったですし、それぞれになおさら愛着が湧きました。

長嶋 毎回、名前をつけるのがすごく苦手で。つい別の小説の登場人物に同じ名前をつけて読者に深読みされたりしていたんですよね。『パラレル』(04年刊/のち文春文庫)の主人公が長男なのに七郎というんですが、そんなふうに悩んだ末に変な名前つけているから。「サイドカーに犬」(『猛スピードで母は』所収・02年刊/のち文春文庫)の薫とか短篇「十時間」(『祝福』所収・10年刊/のち河出文庫)の連とか、女の子なのに男って思われちゃう。自分で妙に「この名前しかないな」と思う時があって、そういう時は「男性にもつく名前だから、間違える人もいるかもしれない」という考えが抜け落ちてるんだよ。15年経ってもまだそういうことをやらかすからね。でも今回は全員、いい名前をつけられたと勝手に思っています。「五号室」は部屋番号のおかげでうまくできました。五十嵐五郎とか七瀬奈々とか。アリー・ダヴァーズダのダヴァーズダはアラビア語で12という意味です。そういう名前が命名されることがあるのかは知りませんが。

パラレル (文春文庫)

長嶋 有(著)

文藝春秋
2007年6月8日 発売

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猛スピードで母は (文春文庫)

長嶋 有(著)

文藝春秋
2005年2月10日 発売

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