2年前の2月のことだった。場所は沖縄の名護。僕の目の前にいたのは、プロ4年目を迎えており、当時は北海道日本ハムファイターズに在籍していた高梨裕稔。前年に新人王を獲得したばかりの期待の新鋭だった。ブルペンでの投げ込みを経て、クールダウンが終わったばかりのグラウンドでインタビューをした。このときの彼の言葉は力強いものだった。

「わかっていても打てないストレート」を目指して

「去年(16年)が実質1年目だったので、その中で結果的に1年間投げることができたというのは、僕自身、とっても自信になりました。そういう意味では合格点はあげてもいいと思います。でも、今年は一からやらないといけないと思っているので、去年の成績のことはもう忘れています」

 続けて、「昨年の飛躍の要因は何だったのか?」と尋ねる。

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「自分のボールに自信を持てるようになったことが大きいですね。プロ1年目はファームでも全然勝てなかったんですけど、それは自分に自信が持てずに、不安な気持ちのまま試合に入っていたからだと思います。そういう精神面の変化が大きかったです。技術面で言えば身体が大きくなってフォームが安定したことが理由ですね……」

 このとき、高梨とは初対面であり、初めて彼に話を聞いていたのだけれど、緊張の面持ちながらも、常に白い歯がこぼれていることに好感を持った。和やかな空気が流れている現場は、インタビュアーとしてはとてもありがたい。高梨は続ける。

「……精神的に余裕ができたというか、“相手を見下す”という表現がいいのかどうかはわからないけど、バッターに対しても、“自分の方が上だ”と思いながら投げることができるようになったのが大きいと思います。3年目のキャンプでは“何かインパクトを与えるピッチングをしよう”という課題を持って臨んでいました」

「インパクト」というフレーズがとても勇ましかった。改めて、「インパクトとは、具体的にはどんなことを指すのか?」と尋ねる。

「無難な成績では、すでに一軍で活躍している選手には勝てないと思ったので、僕の場合だったら、“三振をたくさんとること”や、“わかっていても打てないストレートを投げること”を意識していました」

「三振をたくさんとること」、そして「わかっていても打てないストレートを投げること」。実に力強いフレーズではないか。そうなのである。彼へのインタビューを通じて、僕が感じていたのは「ストレートに対する並々ならぬこだわりと自信」だった。高梨のヤクルト入りが決まったとき、僕の頭に真っ先に浮かんだのが、あの日の沖縄のグラウンドの光景であり、彼の中にある「ストレートに対するこだわり」だった。

31日の阪神戦で移籍後初勝利を挙げた高梨裕稔

移籍初先発初勝利の見事なピッチング

 2019(平成31)年のプロ野球が開幕した。ヤクルトは京セラドームで阪神タイガースとの3連戦に臨んだ。京セラドームは超満員。そのほとんどが阪神ファンだった。しかし、レフトビジター席はもちろん、三塁側にもヤクルトのレプリカユニフォームを着ていたり、応援傘を持っていたりするファンの姿もちらほらと目についた。

 応援するチームに関係なく、野球ファンならば誰もが待ちわびていた開幕シリーズ。しかし、初戦先発・小川泰弘、2戦目を託された石川雅規が踏ん張ったものの、打線の援護がなく、ヤクルトは開幕戦を落とし、翌日の第2戦も敗れた。三塁側スタンドからこの光景を見ていた僕は、「あと一本」が出ない打線がもどかしかった。そして、敵地での3連敗を防ぐべく、開幕第3戦のマウンドを託されたのが、移籍したばかりの高梨だった。残念ながら僕はこの日、ヤフオク!ドームで別件のインタビューが決まったため、急遽チケットを知人に譲って博多入りをしていた。

 携帯片手に「一球速報」を何度もリロードしながら、高梨のピッチングの様子をチェックしていた。スマホ上からは球場の臨場感は伝わってこなかったけれど、高梨が好投を続けていることはよくわかった。結局、高梨は6回を投げて1失点。被安打は3で、7つの三振を奪い、リードを保ったまま梅野雄吾にマウンドを託すことになった。

 博多でのインタビュー終了後、すぐに携帯をチェックすると、ヤクルトは見事に今季初勝利を飾っていた。勝利投手となったのは移籍初登板の高梨だった。新たにヤクルトに加わった新戦力の嬉しい初勝利。ついつい、福岡空港でビールを呑みすぎてしまったが、帰宅後すぐに録画していた試合中継をチェックする。

 それは圧巻のピッチング内容だった。6回裏、四番の大山悠輔、五番・福留孝介から連続三振を奪った場面は最高だった。特に福留に投じた5球目のストレート。これこそ、かつて高梨自身が語っていた「わかっていても打てないストレート」ではないか! あのボールを見れば、誰だって今シーズンの高梨に期待してしまうことだろう。

 キャッチャーミットにボールが収まった瞬間、アンパイアのコールを待たずして、瞬時に一塁側ベンチへと引き返す福留の哀愁漂う背中が、高梨のストレートの威力を物語っていた。ヤクルトには、パ・リーグ出身者が活躍する自慢の「パリコレの系譜」が存在するけれど、高梨もまた、ヤクルトデビュー戦で立派なパリコレメンバーとなったのだ。