2019年1月7日。ポスティングシステムでシアトル・マリナーズ(米メジャーリーグ)への移籍が決まり、退団挨拶のため西武ライオンズの球団事務所を訪れた昨シーズンまでのエース菊池雄星投手と、最後の握手をさせていただいた。2011年から西武の取材をするご縁に恵まれ、8年間という長きにわたり日本最高左腕の話を聞くことができたことは、筆者のライター人生の中でも最高の財産となった。インタビューや会話をするたびに、多くのことを教えてくださった選手。取材に協力していただいた心からのお礼と、子供の頃からの夢を叶えて挑む新たなチャレンジへのエールと、最後に一言、「でも、さすがにちょっと寂しいです」と伝えさせていただくと、なんとも頼もしい言葉が返ってきた。

「大丈夫ですよ。僕がいなくなっても、僕の代わりに(高橋)光成をしっかりと鍛えて、送り込みますから。楽しみにしててください!」

 数日後から始まる、自らが中心となって行う沖縄・石垣島での自主トレに、その高橋光成投手も参加することが決まっていた。入団時から“次期エース”候補として大きな期待を背負っている22歳右腕に、後継者として育ってもらうべく、成功のためのメソッドを注入するつもりだという。

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菊池雄星と髙橋光成

菊池雄星からの愛ある厳しい叱咤

“雄星塾”を終え、1月27日に今年初めて西武第二球場へ姿を現した新・背番号『13』は、明らかに変わっていた。まず、見た目の激変に驚いた。97kg(公称)だった体重は、「人生最高」だという105kgにまで増量。190cmの長身の持ち主だけに、ボリューム感が増した出で立ちは迫力満点となった。身体への負担から、アスリートにとって急激な大幅体重増は故障のリスクも兼ね備えているため、決して全てが「良し」とはされてはいない。だが、もちろん、しっかりとした考えがあった上でのウエイトコントロールであることはいうまでもない。

「僕は身長が高い分、手足が長い。その分、筋力などで補わないと上手く操れないと思うので、昨年からウエイトトレーニングを始めました。もちろん、ただ単に筋力を増やしただけではありません。一番大事なのは、それをいかに野球の技術につなげられるか。例えば、どんなに身体が大きくても、投げる時にグラグラしていたら意味がないので、しっかりと地面を踏んで、投げる瞬間にグッと押せる感覚を覚えられれば、安定感にもつながってくると思うので、そうした感覚の部分なども一緒に取り組んできました」

 昨年、肩を故障したことへの考慮もあり、キャンプはB班スタートとなったが、キャンプ中のブルペン、A班に合流してからの練習試合、オープン戦と、実戦を重ねるごとに「自分の思い通りの投球に近づけている」という手応えを深めてきた。「思い通り」とは、「“戦車”です。土台、つまり下半身がドカンと地に着いて、発射(リリース)の時に思い切り腕を走らせてもグラつかない」ことだと表現する。実際、そのイメージをしっかりと体現できているからだろう、今季の高橋光成投手は安定感が格段と増した。

 もう1つ、大きな成長を見せているのがメンタル面である。自主トレで寝食を共にする中で、菊池投手から性格の短所をはっきりと指摘された。「僕は、環境によって、ヒョイヒョイ意志が揺らいでしまうところがあるんです。自主トレ中も、集中しきれてない時があって、活を入れてもらいました。シーズン中は、もう雄星さんは近くにいないですし、マウンドに上がれば一人。『誰にも頼らないで一人でやっていけ』という意味を込めて叱っていただいたと思います」。自分のためを思っての大先輩からの愛ある厳しい叱咤に、感化されないはずはない。「今の課題は、そこに限りますね。流されやすいので、先輩の良いところなど、周囲からいろいろ参考にしながらも、自分は自分のやり方がある。自分の軸だけはしっかりともった上で、多くのものを吸収したいなと思います」。自律を己に固く誓う。

 以前から、“周りに流されやすい”という欠点は自分でも自覚していた。そのせいで、去年までは、結果が思うように出ない焦りから、周りを気にして無理して投げて、また肩を痛めるという悪循環を何年も繰り返してきた。「何かを変えなければ」と、本気で考えた中出した答えの1つが、結婚だった。高卒で5年目のシーズンを迎え、退寮したのを機に、高校時から交際していた女性と今年1月1日に入籍した。「一人暮らしをしたら周りに流されてダメになってしまうと思ったのもありますし、何よりも、4年間お付き合いしてきたので、まだ22歳(入籍当時は21歳)と若いですが、安心できていいのかなと。本当に流されやすいので、僕は奥さんの尻に敷かれた方がいいんです(笑)」。そのおかげで、食事、栄養管理、家庭での安らぎなど、野球に全力で集中できる環境をサポートしてもらえていることが、今季の高橋光成投手の充実ぶりを支える大きな理由であることは間違いない。