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僕にとって“最後のボス”阪神・矢野燿大監督にもらった忘れられない言葉

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/04/09

 今年からコラムを書かせてもらうことになりました、元阪神タイガースの西田直斗です。文章に自信はないですけど、タイガースでお世話になった方々や先輩、後輩、チームメートに、感謝の思いも込めて精一杯、書いていきたいと思いますので、きっつい“野次”はなしでお願いします!

昨季限りで現役を引退した西田直斗 ©スポーツニッポン

“最後のボス”矢野監督のもとで学んだこと

 1回目はやっぱりこの人しかいません。矢野監督は僕にとって“最後のボス”でした。昨年は一度も1軍に上がることができずに、2軍暮らしだったんですが、監督のもとでプレーできて心から良かったと思ってます。

 2軍で1年間、プレーしてどんな時も、いろんな人のことを見ている人だなと思いました。ベンチでも、人をずっと見ているので最初は自分はどう思われているんだろう……と考えていたら怖くなったりもしたんですけどね。僕たち選手には常に“楽しんでやれ”“自分の可能性を広げるためにチャレンジしろ”ということをずっと言ってくださった。ストレートな言葉なんですが、胸に響きました。

 昨年、僕は監督の顔色を気にして野球をやったことは一度も無かったです。本当にチームとして「思い切って、思い切って」というスタイルだったので、ミスを恐れず全力で試合にぶつかっていけました。今まではエラーしたらどうしよう……とか結構あったんですけど、そんなマイナス思考に陥ることは、一度も無かったんです。

 プロを辞めてから、地元の中学の野球部員と接する機会があったんですが、その時も矢野さんが言っていた積極性やチャレンジ精神を思い出して、そのまま言ってみたりしました。自分を中学生に置き換えてみたら、矢野さんの“楽しんでやれ”“失敗を恐れるな”という言葉はすごくプレーしやすいんじゃないかと思ったんです。

 矢野監督もやるべきことをやってないと怒りますけど、三振とかエラーでは絶対に怒らない。ミスしてヘコんでる時間があるなら、次、やり返したれ、という人だった。実際に僕も、子どもたちには“ミスしても次はこうしよう、ああしよう、と前向きなことを考えていった方が体が動くよ”と助言しました。自分がそんなことを言えるようになったのも、監督のおかげです。