狭山丘陵にあるメットライフドームは4月初旬、花冷えの夜が続いていた。

 本拠地開幕戦が行われた4月2日、所沢市内の最低気温は1度。筆者は西武の取材を始めて10年目、さらに言えば小学5年から所沢市在住で地元の気候を肌で知っているはずなのに、本拠地開幕に浮かれてコートを羽織り忘れて取材に出かけた。

 21時40分頃に試合が終わり、メットライフドームの駐車場で震えながら選手の出待ちをしていると、22時頃、ユニフォーム姿のままバットを数本担いだ大男が現れた。山賊打線のドン、山川穂高だ。室内練習場に続く通称“けもの道”へと歩いていく。

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「ファウルや見逃し方を見といて」

 開幕3試合で2本塁打――その数字だけを見て「好調」と報じたメディアもあったが、ヤフオクドームでの山川は決して本調子ではなかった。移動日をはさんだ4月2日のロッテ戦では4回、レフトスタンドに豪快な3号ソロ本塁打を突き刺したものの、とても「全開」とは言えない。

「試合前の練習段階で、つかんでいる部分がありましたか?」

 試合後の囲み取材でそう訊かれた山川の答えが、実に彼らしかった。

「つかんでいるという表現はまだ早いです。ただ、いい感じになりそうです」

 筆を握れば書道8段、ピアノの前に座れば久石譲の「Summer」を弾むように奏で、バットを握れば誰より多く本塁打を放つ。豊かな感受性と繊細な表現力、そして豪快なパワーを兼ね備える山賊打線のドンは、つかみかけているものを手繰り寄せるために室内練習場に向かったのだろう。

「(開幕3連戦の感覚とは)全然違うはずです。1打席目はあれだったんですけど(ショートへの併殺打)、2打席目以降は相当よかったですね。技術的な部分は確定していないので、まだ言えないんですけど。(開幕の)3つの試合から、明らかにいい方向に来ているかなと」

 言えないと言われれば、聞きたくなるのが記者の性だ。

 4回、涌井秀章が投じた真ん中低めのストレートを捉えた本塁打はさておき、「いい感じ」があったとすれば、8回のレフトフライだろうか。西野勇士が3球目に投じたスライダーにタイミングがずれてレフトフライとなったが、高々とフライを打ち上げたということは、少なくとも生み出したパワーをボールに伝えられたのではないか。

「その1個前のファウルが抜群にいいはずです。野球がわかる人なら、見逃し方とか、ファウルとかで『あっ』というのがあるはずなので、よく見といてください。打った、打たないじゃなくて」

 心のうちを見透かされたようで、ドキっとした。映像を見返すと、ボールの下をたたいて勢いあるファウルが後方のバックネットに突き刺さっている。スイング軌道がもう少し上に入れば、この日2本目の本塁打となっていたかもしれない。

 秋山翔吾の取材が抜群に面白くて終電を逃したこの日の晩、小手指に帰るタクシーの車中、山川の表情がずっと脳裏に浮かんでいた。「野球がわかる人なら……」と直視される間、大きな瞳がキラキラ輝いているように見えたのだ。

山賊打線のドン・山川穂高(左は外崎修汰) ©中島大輔

一流選手を取材するにあたって

 そんな山川の瞳と言葉で思い浮かべたのが、イチローの引退会見だった。

 取材対象が一流選手であればあるほど、胸のうちを引き出すためには相応の質問を投げかけなければならない。匠の思考レベルを理解しようとしている姿勢を何らかの手段で伝えられたとき、選手は一流の技術や思考術を明かしてくれる。孤高の存在とされたイチローと質問者のやり取りをテレビで見ながら、多くの記者が育てられてきたのだろうと羨ましく感じた。

 現在、筆者にとってそうした存在が秋山と山川だ。ともに球界トップレベルの打撃技術、思考力、表現力や人としての魅力を持ち合わせ、書き手として細かく描写したい。個人的に近年の取材テーマをそう掲げる中、文春野球という表現舞台を与えられた今季、二人を追いかけるのが楽しくて仕方ないのが正直な心境だ。ただし浮かれすぎず、寒くなりそうな日にはコートを着て出かける程度の冷静さを、40歳の大人として身に付けたい。

「え? また上着持ってきてないの?」

 さいたま市の最低気温が4度まで冷え込んだ4月9日の楽天戦後、文春西武の同僚・上岡(真里江)さんから冷ややかな視線を受けた後、県営大宮球場の外周で山川を出待ちした。訊きたかったのは4回にレフトに放った5号スリーランではなく、1点リードされて迎えた9回無死、松井裕樹に打ち取られたライトフライについてだ。

 試合終了から約30分後の22時15分頃、山川が現れると多くの報道陣が並んで歩き出した。彼らが聞きたいのは本塁打と、その前の守備で犯したエラーだろう。もちろんニュース性が高いのはそれらで、すぐに締め切りのある彼らの質問が優先されるべきだ。3歩追いかけて止まり、翌日の試合前にメットライフドームで訊くことにした。

元同僚の浅村栄斗とグータッチする山川 ©中島大輔

「映像を見たら、(投げられたコースが)いいところでしたね。あれはしっかり振ってファウルを打つのが理想じゃないですか。前に飛ばしたらダメです」

 松井が外角低めに投じたストレートは、とてもヒットにできるボールではなかった。しかし、打者としては振りにいくべきだ。そうすれば次の球でタイミングを合わせられる確率が高くなる。それでもフェアゾーンに飛ばせば凡打となるほど厳しいボールだったから、ライトへのファウルにできれば良かった。それが、山川の感じた“正解”だろう。

 一方、筆者にはバットが少し下に入ったため、ライトフライに打ち取られたように見えた。しかも山川は高々と打ち上げた直後、バットをグラウンドにポンと投げている。その動作が出たのは、仕留められる球を打ち損じたからだろうか。

「いや、あれは塁に出られなかったからです。でも塁に出ると言っても、松井裕樹(レベルの投手)とかを見ていったらダメなんで、絶対。追い込まれちゃうので。早めに仕掛けて、負けました」

 松井のように球界を代表する守護神を打つには、受け身になっては難しい。そう考えて初球から振りに行けるところに、山賊打線のドンたる所以がある。