3年前に他界した私の母が、同世代の友人であるT夫人とよく議論していた話題がある。要は、どういった浮気が最も許せないか、という話で、両者とも遊び好きな旦那を持ちながら、その浮気の仕方には違いがあったため、こっちの方が悪質だとかそちらの方がまだマシだとか言い合うのだけど、どちらの言い分にもそれなりの説得力があり、結構白熱する。そして悪いものは悪いとか、罪に優劣がないとかいって議論を終わらせてしまうよりも、幼心に少し踏み込んだ複雑な心理を垣間見た気がした。
どのような浮気や不倫であれば、まだ許せるか
私の母の夫、つまり私の父は遊び人ではあったものの、プレイボーイとかモテモテとかいうこととは無縁で、仕事やプライベートで出会う普通の女性というよりは、夜の蝶々を相手にお金を払って遊ぶ人であった。ただそれも、たまの息抜きにちょっと夜のお店に行くとかいうレベルではなく、しっかり浮気と呼べるレベルに入れ込んでいくタイプだったらしいが。対して母の言い合っていたT夫人の夫は、そういったお店で酒を飲むことは一切なく、仕事で知り合った独身女性との恋愛を楽しむ人で、端正な容姿のおかげもあってか、浮気で散財するようなことはほとんどなかった。
経済的に特別豊かというわけではなかった我が家の母の方の言い分としては、恋愛を楽しんだところで男性のほとんどは家庭を壊してまで恋情を優先することはあまりないし、どうせ戻ってくるのであれば、家計を圧迫するような父の遊び方よりも、淡い恋心の動きや女性を口説き落とす行為自体を楽しむ方が実害がない、ということだった。それに、夜の店の、いわば玄人の女性というのは、客として出会った男性の人柄や頭脳ではなく、財布の中身を愛しているイメージが強く、なんとなく上から目線で自分の夫が見くびられているような気がして腹が立つ、といった事情もあったようだ。父から見て年上の妻であり、研究者でもあった母の、若く見た目が華やかな女性への独特の嫉妬混じりの偏見も大いにあったように思う。
対してT夫人は、夜職の女性を相手にしている方が遊びに節操がある、というものだった。彼女の夫が相手に選ぶような女性は、ホステスと違って彼が家庭を持っていることに対する配慮がなく、わがままで、ともすれば妻と別れてほしいとすら願うようになる。男女など、関係に多少でもお金を介することによって、これが遊びである、という線引きをするものなので、純粋に恋愛感情だけで結ばれるような関係では相手の女性に割り切った態度は望めず、家庭を壊そうだとか探りを入れようなどと画策するようになればその方が実害が大きい、という。万が一夫が血迷えば家庭の危機だし、たとえ夫の方に確固とした線引きがあって家庭自体が壊れることがなかったとしても、逆にその場合は相手の女性に強い我慢や深い傷を負うことを強いることになり、そうすれば逆恨みなどの危険性だってある。
隣の芝生は青く見えるというような意味で、互いにそっちの方がまだマシだと自虐していただけではあるのだけど、この二択を女性の前に突きつけると結構意見が割れる。浮気や不倫は嫌だ・よくないと言ってしまえば元も子もないが、実際は嫌だとかよくないにも濃淡があるのが現実で、その濃淡の形は人によって様々だ。コンプレックスや家庭の事情、夫のキャラクターや夫婦関係、自分の生活や仕事などあらゆる要素によって何を不快と思うかは複雑に決まる。