1ページ目から読む
3/5ページ目

「さ、私と替わりましょう」美智子さまのお気遣い

 その後、両陛下のたっての希望でカレーライスとサラダの簡素な昼食となった。十数人並んだテーブルの最端の席に座り、スプーンを手にしかけたら、天皇陛下が何か質問をされた。しかし太田さんにはよく聞こえなかった。

「なんでございましょうか?」

 と問い返すと、一同を驚かせることが起きた。

ADVERTISEMENT

「さ、私と替わりましょう」

 美智子妃殿下がそうおっしゃって、立とうとされたのだ。みんなほとんど狼狽の体であった。天皇陛下の隣に座るわけにはいかず、正面に座る知事の隣の県会議長に席を譲ってもらい、陛下の質問に答えたのだった。陛下は食事にほとんど手を付けず、太田さんに熱心に質問を繰り返された。

「いっぱい質問されましたが、緊張していたもので、何一つ覚えていないんです」

 太田さんはそう笑った。

どよめきが起きた、自然な振る舞い

 この後、避難所へ被災者を訪問することになっていた。約500人が避難中の霊丘公園仮設住宅をはじめ、市内4ヵ所を巡るのである。カンカン照りで外は暑い。車から降りられた陛下は、歩きながら上着を脱がれた。さらにネクタイをはずし、ワイシャツの腕をまくり上げられた。

 その所作に当時、島原市長だった鐘ヶ江管一さんは驚き、思わず見入ったという。鐘ヶ江さんは、災害対策本部長として陣頭指揮を執っており、その長い髭を生やした風貌から「ヒゲの市長さん」と親しまれた……というと思い出す人も多いかもしれない。

「新しい天皇のスタイル、姿をお見せになったというか、示されたのでしょうね。気取らず謙虚に自然に……それを象徴する所作で、本当に素晴らしいと感じました」

 避難住民は13町1090世帯、4222人にのぼった。板張りの体育館では被災者はゆっくり休めない、と板張りの床全面に畳が敷かれていた。両陛下を迎えるに当たり、靴のままで奥に行けるよう、南側入口の土間から1メートル幅のビニールシートの通路を作った。

 鐘ヶ江さんは先導すべく、通路の上で起立して待っていた。土間に現れたお2人に「そのままどうぞ」と言ったが、天皇は腰を屈めて靴を脱がれた。

 そして直後、もっと驚くことが起きる。

「後から考えると、そのおかげで永遠に残る島原訪問として位置づけられたのですね」

 鐘ヶ江さんはそう振り返る。その時、鐘ヶ江さんは通路を先に進んでいた。しかし、背後で小さなどよめきが起きた気がしたのだった。何事か? 振り返ると、信じられない姿を見た。

 天皇陛下がシートにひざまずかれて被災者に語りかけられているのだ。傍らで美智子妃殿下も同じ姿だ。

 衝撃を受けたのは鐘ヶ江さんだけではなかった。小さく感嘆する声が湧いた。そこにいる人々すべての視線がそこに注がれた。天皇、皇后がそんなお姿を見せたことはこれまでにない。誰一人目にしたことがない、歴史的瞬間であった。

噴火被災地をご訪問。ひざまずかれ、遺族、避難住民を励まされる天皇、皇后両陛下 ©共同通信社