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貫き続けられる姿勢

 この時以降、両陛下の姿勢は変わらず貫かれた。そのことを鐘ヶ江さんは、

「国民と共に同じ目線で歩む、という陛下の姿勢の表れではないでしょうか。新しい時代の天皇としてご決断されたのでしょう」

 思い返されるのは、1990年11月12日、即位礼正殿の儀での「おことば」である。

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「(略)改めて、御父昭和天皇の六十余年にわたる御在位の間、いかなるときも、国民と苦楽を共にされた御心を心として、常に国民の幸福を願いつつ……(略)」

 そこで誓われた決意を最もわかりやすくお示しになったのだろうと考えている。その後、鐘ヶ江さんはもう一度お2人にお目にかかる機会があった。

「2014年長崎国体の時、諫早のホテルです」

 その時は県内の関係者30人と1緒にロビーに立っていた。出迎えの中の1人としてである。ところが陛下は、エレベーターを降りられると、まっすぐ鐘ヶ江さんのところに歩いてこられて、

「長い間ご苦労さまでした。髭がないですね」

 と、声をかけられたという。鐘ヶ江さんは初めてお目にかかった時に験をかついで剃らなかった髭を、噴火の沈静後、“剃髭式”を開いて落としていたのだ。

 続いて美智子妃殿下に「お病気と聞いていましたが、お元気になられてよかったですね」と気遣う言葉まで戴いた。鐘ヶ江さんが2003年にクモ膜下出血で入院したのは確かだが、すでに11年も経っている。一同、そのお気遣いと記憶力に圧倒され、言葉を失ってしまったという。

 退位を聞いた際には、誕生日のお祝いを兼ねて島原産の胡蝶蘭と、美智子妃殿下がお好きな薔薇の花束をお贈りした。

「訪問された日は猛烈な暑さで、帰りの機内では首筋をずっと冷やされていたというほど体力も消耗された。でも、あの一日の訪問のお心と姿勢は東日本大震災にも継がれていると思います。被災者・被害者を励ますとはどういうことなのか、その根っこを考える機会になったこと、感謝してもしきれません。本当にありがとうございました、とお伝えしたいです」

天皇陛下・美智子さま 祈りの三十年

森 哲志

文藝春秋

2019年4月5日 発売

被災地へのご訪問を長く続けて来られた天皇皇后両陛下。訪問先の人々が心打たれたお言葉やエピソードの数々を、現地で尋ね歩いた。