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想定外のご下問に絶句

 太田さんは、ホテルに用意された部屋で、現在の火山の状況がどうなっているかをご説明した。パネルと共に、火砕流の岩塊や軽石噴石、火山礫などの標本も準備してこの日に臨んでいた。

「溶岩ドームが下から押し出されて、ぽろぽろ欠けながら崩れ、内部が溶解。崩落のショックで爆発を起こして火砕流が山を急激に下ったのです」

 できるだけわかりやすくと心がけ、説明すると、お2人は1つ1つの言葉に頷かれている。ただの素振りではなく、きちんと理解されていることが明らかなご様子に、内心驚きを覚えたという。

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 そのためつい熱が入り、持ち時間の5分をオーバーして県関係者に制止されてしまった。しかし陛下はもっと詳しく状況を知りたい表情をされていた。緊張はまだ解けず、学会ではもっとすらすら説明できるのに……と思っていると、

「眉山は大丈夫ですか?」

 天皇陛下が突然質問された。

 太田さんはこの時、陛下のお顔を見つめたまま、絶句してしまったという。30秒は黙り、何も答えることができなかったそうだ。まったく答えを用意していなかったのだ。そして陛下の知識、この訪問に当たってのご準備に驚嘆せざるを得なかった。

毎年6月3日は「いのりの日」。夜になると子供たちが灯籠に蝋燭を灯し、冥福を祈る ©共同通信社

 眉山とは、200年以上も前の寛政4年(1792年)に起きた群発地震により山体崩壊し、1万5000人もの死者を出した山である。そのきっかけも普賢岳の群発地震と噴火に刺激されたことであり、崩れた土砂が有明海に流れて津波を発生させ、天草を襲い、その返し波が島原を再襲来、甚大な被害につながった。災害は「島原大変肥後迷惑」と呼ばれ、今に伝わる。

 つまり陛下は、噴火が終わって地震が起き、眉山が崩れる恐れはないのか、大丈夫か? と、ご心配なさっているのだ。そこまでご存知なのか――。知事も陸上自衛隊の幕僚長も驚いた顔をしている。とても付け焼き刃の知識ではない。

 実は、3日前に安山岩の眉山に亀裂が入ったとの情報が対策本部から入り、自衛隊ヘリで確認したところだったのだ。しかしそれは通報者の勘違いと判明。アガっていなければ即座に「今回は心配ありません」と答えられたはずの質問だった。眉山が崩壊するなら群発地震が起きるが、全くないので大丈夫です、と太鼓判を押せていたはずなのだ。

「今、思い出しても、あの物忘れは残念でなりません。後悔しきりです」

 そう太田さんは振り返る。