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2019/04/18

「まだ東北だったからよかった」

今村雅弘 元復興相
「まだ東北で、あっちの方だったから良かった。首都圏に近かったりすると、莫大な、甚大な被害になった」

産経新聞 2017年4月25日

 桜田氏の「まだ良かった」発言で思い出されたのが、今村雅弘元復興相のこの発言だ。発言当初は強気で辞任を否定していたが、翌日、辞表を提出した。よりによって復興相がこんな発言をしていたのだから、あらためて驚く。

 なお、今村氏が失言したのは自民党二階派のパーティーの壇上。同月、今村氏は福島県などからの自主避難者に対して「自己責任」「裁判でも何でもやればいい」と発言して批判を浴びていたが、パーティーでは笑いながら「お騒がせしております」と挨拶してツカミにしていた。桜田氏の失言のケースとよく似ている。

石原慎太郎 元東京都知事
「復興五輪なんてネーミングの問題だ。最初に五輪があって、災害がその後、起きた。ちょっと気の利いた人間なら、だれでも考えることだ」

朝日新聞デジタル 2019年3月13日

 2020年の東京五輪招致を提唱した元東京都知事の石原慎太郎氏。石原氏が4選に向けて東京都知事選に立候補したのは2011年3月11日のこと。立候補の表明を終えた直後、東日本大震災が発生したのだ。翌月、石原氏は4選を果たした。

石原慎太郎氏

 五輪招致は既定路線だったが、所信表明演説の作成は難航した。原案の作成にかかわった都の幹部たちは「五輪どころではない」という批判を避けるため、「復興五輪」というキーワードを打ち出した。元知事の側近は「当時は批判を受けず、機運を高めることが必要だった。必ずしも理想だけを語った言葉ではなかった」と明かしている。石原氏自身も「復興五輪なんてネーミングの問題だ」とドライに振り返った。

 桜田氏の辞任の際、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は「五輪の源流は災害復興に始まっている。すべての行事やシステムにおいて、東北の震災が頭にないことは一つもない」と語ったが(朝日新聞デジタル 4月11日)、石原氏の発言を見る限り、必ずしもそうとは言い切れない。「復興五輪」が掛け声だけなら、桜田氏や今村氏をはじめとする閣僚らが被災地の復興に対する関心が薄いのも当たり前だろう。

 安倍首相は第2次内閣発足以降、「閣僚全員が復興相」と言い続けてきたが、本当にその意識は徹底しているのだろうか? 政府関係者の話によれば、安倍首相も3月11日の会見を「一定の節目を越えた」として、2017年から行っていない(時事ドットコム 2017年3月10日)。

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