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ライオンズファンから大ひんしゅくを買ったNACK5“実況をしない中継”の裏側

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/05/19

 12球団の中で、ライオンズファンほどラジオ中継に恵まれた環境は珍しい。平日はAMの文化放送、日曜はFMのNACK5を付ければ、いつでも西武戦を聴ける環境が当たり前のようにある。

 そんな中で昨年、大きな物議を醸す事件があった。NACK5の「サンデーライオンズ」が「実況をしない」という斬新すぎる野球中継のスタイルに切り替え、BPO(放送倫理・番組向上機構)で審議される事態になったのだ。

「お前がやった“あのスタイル”が好評になったから、こんなことになったんだよ!」

 先輩たちからそう突っ込まれた“犯人”こそ、今年、「サンデーライオンズ」の実況に復帰した小笠原聖アナウンサーだ。

 中2の頃に母親からもらったポケットラジオで深夜番組にはまった小笠原アナ。新卒の秋田朝日放送時代、最初にして唯一「上(のぼ)り」(※地方アナの録音したナレーションやニュースが全国ネットで流れること)で使われたのが西武戦だった。現在はNACK5で土曜夕方から「SPO-NOW」、日曜に「サンデーライオンズ」を担当するなど西武とは切っても切れない縁で結ばれている。

「ライオンズファンから大ひんしゅくを買った、あの中継の裏側を全部喋ります」

 裏事情を知り尽くす小笠原アナが、文春野球西武の代打でフルスイングする!

小笠原聖アナウンサー(メットライフドーム中継ブースにて) ©中島大輔

◆ ◆ ◆

 僕はフリーアナウンサーになって6年目の2010年、初めてナック(NACK5)で喋らせてもらいました。当時は土日に「サタデーライオンズ」と「サンデーライオンズ」を中継していて、アナウンサーの若返りを図ったことがきっかけです。

 ナックの中継と言えば、アナウンサーの一人喋り。他局と違って解説者がつかない理由の一つは、経費削減です。

 ナックの野球中継は、文化放送ライオンズナイターの補完的な役割で始まりました。もともと文化放送さんがライオンズ戦を全曜日中継していたのが、土日に巨人戦の全国ネットをすることになり、当時の堤義明オーナーが「どこかの局で、絶対ライオンズ戦の中継をやっているようにしろ」と。それで1988年10月に立ち上がったナックに受け継がれたそうです。

 スタートしたばかりのナックの中継では、文化放送のアナウンサーが喋っていました。土日の放送とは別に、平日は、文化放送ライオンズナイターが夜の9時か9時半に終わると同じスタッフのまま、中継の電波がナックに切り替わりました。そのタイミングで解説者は帰っていたそうです。おそらく、ギャラの関係でしょう。

 そこからナックでは、一人喋りという伝統ができました。立ち上がりの頃から、他局とは違うスタイルで放送していたわけです。

 ラジオ局は、各球場で中継ブースを契約しています。だから逆に、「ブースを借りるお金を節約しよう」と考えたナックのプロデューサーがいました。三塁側カメラマン席の通路に折り畳みの机を置いて中継していた時期があり、秋山翔吾選手など左バッターのカットしたファウルボールが飛んできて、当たったことが何度かあります(苦笑)。

 当時の企画で最も好きだったのが、スギテツさんという鉄道にすごく詳しいクラシックミュージシャンにキーボードとバイオリンを持ってきてもらい、「ピッチャー投げました。打ちました。ピュー」っていう打球音を全部リアルに生演奏してもらうもの。本番で使うバイオリンは何百万円もするので、放送用に1万円のものを持ってきてもらいました。万が一、当たったら大変なことになるので(笑)。

 こうした企画のような遊び心こそ、ナックの良さです。でも、局の上のほうが「まだインパクトが足りない!」となり、「実況をなくせ!」となりました。それで去年の“あの”放送が生まれます。

「実況はやりません」 BPOで審議された中継

 きっかけは一昨年、僕がパーソナリティを務める「SPO-NOW」でメットライフドーム から放送したことでした。「実況はやりません。ここぞという場面は喋りますが、基本は試合を見ながらライオンズに関する話をするだけです」というスタンスでした。

 その中の「ライオンズフリーク」という企画で何人かゲストを呼んで、その一人がキューティー上木さん。「あいつ、いいじゃないか」と局の上層部が気に入り、2018年の「サンデーライオンズ」のパーソナリティに抜擢されます。

 そんな経緯があったから、先輩アナウンサーの上野智広さんには「お前がやったあのスタイルが好評になったから、こんなことになったんだよ!」と突っ込まれました。

 放送でどんなことがあったかは、ライオンズファンの皆さんはよくご存知だと思います。野球中継なのに実況をせず、“野球大喜利”などをしていたんです。(詳細はJ-CASTニュース「老舗ラジオ野球中継の苦悩 NACK5はなぜ『不評』リニューアルに踏み切ったか」参照)。

 僕としては2010年から関わっていた中継を外れ、周りから「腹立たしかったでしょ?」と聞かれました。でも、加藤暁さんとまったく同じ考えたったのが、「理由がどうであれ、うちらはフリーだから、いつ切られても仕方ない」。お世話になった中継だから、うまく行ってほしいと思っていました。「うちらを外して大博打をしたのに、それでこけて消滅したら、それこそ悲しいじゃん」と。そうしたら、案の定……。

 局内のみんな、「絶対批判は来る。でも、その嵐をかいくぐって何カ月かやらないと、認められない」という共通認識でした。そんな中で初回からツイッターが大騒ぎになり、3回目の後、BPOに苦情が行きました。さらに球団首脳陣や選手からも「いい加減にしなよ」と言われたそうです。そして我慢し切れなくなり、4月の終わりか5月の初めから、パーソナリティのキューティー上木さんが実況をたどたどしく入れるスタイルになりました。