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西武ライオンズにITを導入した“企画室長”が明かす球団の野望

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/04/21
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 2019年、埼玉西武ライオンズは球団の体制を大きく変えた。前年限りで鈴木葉留彦球団本部長が退任、代わってベースボールオペレーションのトップに立ったのが、80年代の“トレンディエース”こと渡辺久信GMだ。

 その陰で、ひっそりと誕生した部署がある。「企画室」だ。

 企画室? 昨年まで「IT戦略室」としてトラックマン(弾道測定器)やIT、データ分析&活用を担ってきた部署が今季、なぜか「企画室」と名前を変えたのだ。一体、何を企画するのだろうか?

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 文春野球西武監督代行の中島大輔が、本家西武の企画室の初代室長・市川徹氏を直撃。すると、球団の野望が見えてきた。

埼玉西武ライオンズ企画室長の市川徹氏 ©中島大輔

◆ ◆ ◆

 埼玉西武ライオンズでは今年から体制が変わりました。

 球団初のGM職となった渡辺久信は、「世の中ではこれだけいろんなものが進んでいるんだから、そういうものをうまく使っていこう」という考え方です。本部長補佐(兼メディカル・コンディショニンググループディレクター兼チーム戦略グループディレクター)の広池(浩司)やファーム・育成グループ ディレクターの横田(久則)をはじめ、「じゃあ、新しいことも積極的にやってみよう!」という風土ができてきた感じがしますね。

 今年は上司にしっかりプレゼンして、「これだったらやってみる価値があるな」と思ってもらえれば、新しいものを導入できる体制になりました。

 例えば一昨年できた「IT戦略室」を、今年は「企画室」という名前に変えてもらったのもその一つです。なぜかと言うと自分、正直、詳しいデータ分析は専門ではないんです……。トラックマンでとった数字を見て、なぜそうなっているのか、それを改善するにはどうしたらいいか、大学の先生や研究者に協力をお願いして活用方法を探っています。

 私の得意分野は、「現場に今、足りないものは何か?」を探し、それを解決できそうなものを導入すること。つまりインフラをつくることです。

 私は大学の途中で野球をやめて、卒業後はスポーツデータを扱う会社に就職しました。野球を「客観」で見ることはできますが、プロでやっていないので「主観」の部分はわかりません。

 でも、チームスタッフたちはこれまでプロの世界で培ってきた経験や勘といった主観を重要視しがちなので、球団として主観と客観の双方をしっかり見て、取捨選択をしっかりすることが大事だと思っています。そうした判断をするために、材料をしっかり集めてくるのが私の役目です。

2016年6月から導入されたトラックマン ©中島大輔

トラックマンに感じた大きな可能性

 その一例として、メットライフドーム では2016年6月からトラックマンを導入しました。ただし、活用法はまだ模索中です。現状を言うと、トラックマンで出せる一つ一つの数字について、選手たちにはシーズン最初に、「この数値が高いと、こういう意味だよ」と見方を説明し、試合後や定期的にフィードバックしています。

 トラックマンのデータを見ると、「ボールがだんだんシュート回転してきている」「リリースの位置が下がっている」など、数字でわかるんですね。でも、それらはあくまで“兆候”です。

 ある投手が、リリースポイントが下がってきたとします。理由はボールを前で離すようになったからか、体の軸が変わってきたからか、体の開きが早いからか……など、いろんな要因があると思います。でも、トラックマンのデータだけでは特定できません。選手たちに変な誤解を与えるのは嫌なので、今は数字をフィードバックする程度にしています。

 報道やテレビ中継ではボールの「回転数」などトラックマンデータの“一つ”のことだけがスポットライトを浴びているように感じますが、それを見た選手が、「とにかく回転数を上げれば、ボールが伸びるんでしょ?」となったとすれば、それは誤解です。いわゆる“いいボール”を投げるには、回転軸も見る必要があるからです。しかも回転軸には仰俯角と方位角の二つあります。

 それでも、トラックマンに大きな可能性を感じているのも事実です。例えば榎田(大樹)投手は多くの球種を持っていますが、トラックマンの変化量のデータを見て、「まだここが空いているのか」とカッスラ(カットボールとスライダーの中間のような球種)みたいなボールを投げてみようとなったそうです。その話を聞いたとき、「こういう使い方もあるのか!」と感心しました。

 一方で読者の方に誤解してほしくないのですが、ITやテクノロジーを入れただけでチームが急に強くなることはありません。位置付けとしては、プレーした選手が実際にどう感じたかという「主観」と、数字ではこうだったという「客観」の答え合わせをするコミュニケーションツールだと思います。だからこそディスコミュニケーションを起こさないように、そして可能性を有効活用できるように、慎重に模索しているところです。

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