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巨人・亀井善行のプレーが、誰もの心を打つ理由

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/05/25

 スポーツ新聞で番記者をしていた頃、いつもある葛藤と戦っていた。担当選手の中でも思い入れが強ければ強いほど、そのジレンマは大きく膨らんだ。あんなにいい話、こんなにいいエピソード。書きたいことが多すぎて紙面の行数に収まり切らず、最低限盛り込まなくてはならないチーム状況や首脳陣のコメントを勝手にカット。メディアとしては、選手目線だけでなくある程度フラットな見方が不可欠だが、選手に肩入れしすぎてデスクからよく、こう叱られた。「ラブレターじゃないんだよ」。何度注意されても、いつも「告白」のような記事になっていたのが、亀井善行だった。記者席で正確にスコアをつけながら試合を見ていても、心の中では、スタンドと同じように大声援。どのシーンを切り取ってもドラマがあり、人間味が詰まっていたからだ。そんな愛しの恋人への思いを、ノーカットでお届けしたい。

亀井善行をぶら下がり取材中の一コマ ©中村大悟

なぜ亀井善行の虜になってしまうのか

 第一印象は人造人間。といっても手だけだったが、3本のワイヤーが埋め込まれ、包帯でグルグル巻きの状態だった。2014年キャンプ中、ノックで右手人差し指を骨折。「ボールが当たって指が変な方向に曲がっていた。骨がずれていたのを戻してワイヤーで止めた」。今にも鈍い音が聞こえてきそうなセリフを聞いて、ゾッとしたのが懐かしい。「痛くなかったんですか」とのんきな顔で聞いた私とは対照的に、表情は険しく歯を食いしばっていた。「本当に情けないよね。毎年毎年、ケガをして」。誰よりも責任感の強い男だから、オープニングゲームでチームを離れていることが許せなかった。確かこの時、プロに入ってから4度目の骨折。「骨折王」と揶揄していたけど、心だけは折れないのが真骨頂。「下から這い上がる」と1軍で実績のある選手が、ファームの若手より、何ならジャイアンツ球場の門が開く前に来る姿に、新米記者の私はメロメロだった。

 確かに何度も何度も故障に泣かされてきたけど、決して体が弱いわけではない。「ケガはプロとして失格」と話す一方、一つの流儀があった。「プレー中、無意識に全力でやるのは当たり前」。外野フェンスにぶち当たろうが、外野の芝に全身を強打しようが、そこに打球があれば突っ込んでいく。ケガを恐れて縮こまるプレーは、プロとしてケガ以上に罪だと考えていた。勝利への執念が感じ取れるからこそ、観衆は心打たれる。好きな言葉は「七転び八起き」。後悔はせずに前を向き、すぐにカムバック。背番号9の離脱に涙し、復活に涙する。愛しすぎてしまうゆえに、ファンだろうが記者だろうが応援する側からすると心臓に悪い選手ともいえる。

 今季は開幕から勝負強い打撃でチームを何度も救い、阿部とともにベテランの域に達して、すっかりナインの精神的支柱だ。常勝軍団の中、押しも押されぬ中心選手だが、なぜかスターという形容詞だけはしっくりこない。どんなに実績を積み重ねようと変わらぬ謙虚なコメントだけが、その理由ではない。どこか不完全な、周囲が共感できるような人間っぽさにあふれている。

 例えば、チャンスに強いけどタフなメンタルかというと、そうではない。2017年6月18日のロッテ戦。前を打つマギーが敬遠された3度目の打席でサヨナラ弾は記憶に新しい。前の2打席で凡退し「本当に心が折れていたので奇跡としかいいようがない。これでだめだったら命を取られると思っていきました」。完璧に、劇的に、絵にかいたような活躍をするわけではない。前振りでいつも屈辱やどん底があり、それをはねのける強さがある。そのストーリーに、学校で悩みを抱える学生や、仕事に頭を悩ませるサラリーマンが自分を投影し、球場に足を運ぶのであろう。